第四十七話 決戦 2
「ラウス殿下、この数はかなりヤバイです。これでは戦況が一気に傾きます」
ラウスの横でエルマも額から汗を流していた。
魔法部隊の人数はせいぜい数人と予想していたエルマは飛んでくる火の球の数を見て驚愕した。
その数から逆算すれば魔法使いの数が自ずと分かる。それはエルマが考えていた人数を圧倒的に上回っていた。
「これほどまでの魔法使いを揃えていたとは」
レーシング王国には今まで戦力として魔法使いがいなかった。東領土騎士団、西領土騎士団、それに王国騎士団にもだ。ほとんどの騎士が初めて見る魔法使いとまともに戦えるはずがない。
「まさか密かに国王専属の魔法部隊を作るために、国王は敢えて魔法使いを自国の騎士団に入れなかったのでしょうか?」
いくら小国といっても、戦力として魔法使いが一人もいないのはおかしい。エルマの問いかけにマルバスもうなずいて賛同した。
「西領土でも過去に何人かの魔法使いが士官しに来たことがありました。しかし、デニムは彼らの能力を見ることなくさっさと追い返していました。強い者が好きな領主になのにと不思議に思っていましたが」
推測が正しければ辻褄が合う。二人の視線はラウスに向けられた。
「二人の言うとおりだ。父上は魔法使いを騎士団に入団させることを禁止していた。私や兄の領土に対しても禁止だった。理由は話さなかったが、魔法使いを受け入れないのは父上が自分の優位性を保つためだと思っていた。しかし、裏でこんな魔法部隊を作っていたとは」
こんなことになるのなら東領土でも内密に魔法使いを集めておけば良かったと思ったが、もう遅い。敵は目の前にいるのだ。
三人が話している間も火炎球が投げ込まれ続けている。ラウス軍全体が大きく混乱し、浮き足立っていた。
「魔法攻撃を受けると、我が軍は為す術無しか」
ラウスが歯を噛み締めて悔しさを表す。それはそうだろう、ここまで国王軍に対して戦況は悪くなかった。充分に勝算はあったのだ。
しかし、魔法部隊の登場でその目論みは崩れそうになっている。
「エルマ、魔法使いだけを狙って攻撃はできないのか?」
「無理です。奴らは前方に出てきていません。おそらくは中衛から魔法攻撃をしてきています」
魔法使いの厄介なところは後方からの攻撃ができることだった。戦士系でも弓矢等の遠方から攻撃できる武器はあるが、魔法とは威力が違い過ぎる。
「それでは、どうすれば良い?」
ラウスは素直に専門家たちに尋ねた。
尋ねられたエルマは、どうしたらいいのかマルバスと視線を向ける。
マルバスはエルマの目を見つめて頷いた。エルマと考えている戦術と同じだという意思の現れだった。
エルマはため息を一つ吐くと大きく頭を振った。
彼らが考えついた戦術があまりにも酷いものだからだ。
しかし、この戦法しかないこともまた事実だった。
「ラウス様、一つだけ方法があります。全軍に突撃させることです」
「しかし、それでは我が軍に甚大な被害が出てしまうぞ」
ラウスが驚くのも無理はなかった。
通常、突撃とはこちら側が有利な展開の時に行うものだ。それをこの状況で行うということは自殺に等しい。
しかし、エルマもマルバスもそんなことは百も承知だ。それでも、突撃しなくてはならない理由があるのだ。
「確かに突撃すれば、かなりの被害が出るでしょう。しかし、突撃後には我が軍と国王軍は混戦状態になります。混戦になれば、魔法部隊は火炎球を撃つことはできません」
「なるほど。敵味方が入り乱れて戦えば、魔法使いたちは味方に当たることを恐れて撃てなくなるということか」
ラウスはしばらくの間、目を閉じて腕を組んで考える。
すぐに号令を出せる戦法ではないからだ。突撃すれば、多くの者たちが死ぬだろう。
ラウスは全軍の長として、そのことを覚悟しなくてはならない。大勢の犠牲の上に勝利があることを自覚しなくてはならない。
エルマとマルバスが見守る中、ラウスは静かに目を開いた。
「全軍、突撃せよ!」
その声は決して大きくはなかった。しかし、不思議と周囲に響き渡る声だった。
「全軍突撃!」
ラウスの意を受けて各所から声が上がる。
それに合わせるかのように、ラウス軍全軍が突撃を開始した。
国王軍は突然ラウス軍が突撃してきたことに驚いた。
しかし、分団長たちの指示ですぐに冷静さを取り戻す。
国王軍は前列にいる騎士がラウス軍の突撃を盾で防ぎ防御に徹しながら、後ろの者が剣で攻撃をする戦法をとった。
これは突撃してくるラウス軍を防ぐのにはかなり有効だった。ラウス軍は国王軍の前でバタバタと倒されていく。
「くそ、ここまで堅固に防御させると、我が軍の突撃では国王軍を突破できぬか」
ラウスは顔をしかめた。
さらに上空からは火炎球が容赦なく襲ってくる。
このままでは国王軍の中に割り込むことなく全滅を迎えてしまう。
しかし、そんな崩れ始めたラウス軍の中で、今がチャンスとばかりに動き出す一軍があった。
「お前ら、突っ込むぞ!」
「おぉー!」
エルマ率いる傭兵隊が国王軍左翼に突撃したのだ。
傭兵たちは百人程しかいない。しかし、傭兵隊の攻撃力は王領騎士団よりも高い。そんな彼らが得意とする戦法が一点集中攻撃だった。
エルマは戦況を見続けて、国王軍の左翼の防御が薄いと見抜いた。そこで、一斉に傭兵隊を左翼に攻め込ませたのだ。
敵軍の戦力が弱い場所に集中的に攻撃をし続ける。少数精鋭の利点を最大限に活かした戦法だ。
案の定、傭兵隊の攻撃に耐えきれず、ついに左翼に穴が開く。
「お前ら、好きなだけ暴れろ!」
エルマの掛け声がなくとも、傭兵たちは自分たちがすることを分かっている。実戦慣れしている彼らだからこそ、各自で状況判断をしながら無駄のない動きで確実に敵を仕留めていた。
そのため、国王軍左翼は混乱した。開いた穴はどんどん広がり陣形は崩れていく。
しかし、そこへ王領騎士団長ウル自らが指揮を取りに来ると、状況は一変した。
ウルの見事な指揮で、瞬く間に左翼の穴は塞がり始めた。このままでは傭兵隊は左翼の中に孤立してしまう。
「不味いですぜ、このままじゃ、俺たち袋の鼠だ」
敵をなぎ倒しながらギダが戦況報告をするが、エルマも当然分かっている。
「今のうちに退路を作ることはできそうか?」
エルマはギダに尋ねるが、ギダよりも早く答える者がいた。
「無理だな。お前たちはここで死ぬ」
「ウル騎士団長!」
エルマの目の前に現れた王領騎士団長は苦笑していた。
「まさか、お前までもが裏切っていたとは。俺はけっこうお前を評価していたのだが」
「光栄ですが、あいにく俺はラウス様と新しいレーシング王国をつくる方が楽しそうなので」
話しながら二人は剣を交えた。
ただの一合だけであったが、それで互いの力量は分かる。エルマでは到底ウルには敵わない。
(残念だが、ここは撤退するしかない)
エルマは踵を返しそのまま撤退しようとしたが、すでに遅かった。中央からの増援で左翼の陣は急速に厚くなっており、彼らが突破してきた穴は塞がれてしまっていた。これでは撤退することはできない。
「言っただろう。お前たちはここで死ぬと」
エルマの横で傭兵が一人また一人と倒されていく。いくら騎士よりも強いとは言え、傭兵隊は百人ほどしかいない。その彼らだけで左翼の中で戦っているのだ。
休む間もなく戦い続ければ、体力を失い動きが悪くなる。しかも、撤退する経路もなくなってしまった。一人の傭兵に対して複数の騎士が襲いかかり、傭兵たちは倒されていく。
(ここまでか……ラウス様申し訳ありません)
歯を食いしばったエルマは、最後に一矢報いようとウルに突進しようとした。
その時だった。
突然、左翼の前方から複数の大きな喚声が上がった。
「何事か?」
ウルが驚いているところを見ると、国王軍ではないらしい。それでは……。
「隊長! マルバス殿が援軍に来てくれたようですぜ。助かった!」
ギダの喜びに満ちた声で、エルマもようやく分かった。マルバス率いる西領土騎士団が助けに来てくれたのだ。
「王領騎士団に、西領土騎士団の強さを見せてやれ!」
前方からマルバスの大声が聞こえる。それとともに駆け抜ける西領土騎士団は凄まじい破壊力だった。
傭兵隊だけに目を向けていた左翼は突然の西領土騎士団の攻撃にすぐに対応できない。結果、左翼の騎士たちは瞬く間に倒されていく。
「マルバス殿、かたじけない」
「礼は後で。このまま中央に突っ込みますよ!」
「分かった」
マルバスはこの混乱に乗じて、左翼横に展開している中央の主力部隊に突撃するつもりだった。エルマたち傭兵隊もそれに続く。
すでに、ウルはエルマの目の前から消えていた。不利と悟り、指揮をとっていた元の場所に戻ったのだろう。
西領土騎士団と傭兵隊はそのままの勢いで左翼を抜け出し、中央部隊の左側面の突撃に成功した。中央部隊に混乱が生じたことで、崩れかけていたラウス軍にも勝機が訪れた。
「よし、今だ! 全軍突撃!」
号令に合わせて、ラウス軍がもう一度大規模な突撃を行う。
すると、今まで鉄壁の防御を敷いていた前方の国王軍に綻びが生じた。左側面の混乱のせいで後方が浮き足立っているからだ。
前方で戦っている騎士たちにすれば、前後からの挟撃を受けてしまう可能性がある。そんな状況下で国王軍の防御が上手く機能するはずがない。
国王軍はラウス軍の突撃に耐えきれなくなり、ついには突破を許してしまった。
「よし、このまま混戦に持ち込め!」
エルマとマルバスたちはラウス軍と合流を果たし、国王軍の中心に入り込むことに成功した。周りを見渡すと、あらゆる所で敵味方入り混じれての戦いが始まっている。
エルマの思った通りの展開になった。
「マルバス殿、これで魔法部隊は火炎球を撃てない。であればこの混戦に乗じて」
「魔法使いを討つということですね。お供しましょう」
エルマとマルバスの考えていることは同じだった。今は混戦だが、いずれ戦闘が長引けば魔法部隊は再びラウス軍の脅威になることは間違いない。だからこそ、今この機会に少数精鋭だけを伴って魔法部隊を討ちに行くというのだ。
「ところでエルマ殿、魔法部隊が布陣している場所は分かっているのですか?」
「奴らは我々が突撃を開始した後、さらに後方に下がったようだ」
「なんと!」
それでは探しようがないと思ったマルバスだったが、エルマは話を続ける。
「俺は火炎球の軌跡をずっと目で追っていた。今奴らがいるのはあの辺だ!」
エルマが指指した場所は国王軍後衛の左端だった。
「つまり、そこに魔法部隊、そして国王がいるということですね」
二人はその方向を見つめた。そこにこの戦いの元凶がいるのだ。
当然、簡単に到達できるはずはない。大勢の国王軍の騎士たちはもちろんだが、分団長たち幹部も立ちはだかるだろう。
そして、到達しても魔法使いたちと戦いが待っている。そう考えると自分たちが勝てる見込みは限りなく低いが。
「それでも行かないわけにはいかないな」
「我々の勝機はこれしかないですから。あとのことはラウス様と、ここにいないあの方にお願いしましょう」
エルマとマルバスは互いに笑った。二人にとって大きく運命を変えられた者、いや二人だけではない。
そもそも、元はと言えば、この戦いもその者が現れたからこそ起きたのだ。
「そういうことだ、シャスター。俺たちはここで散るが、後のことはお前に任せたぞ!」
空に向かってエルマは叫ぶ。聞こえているはずはないが、彼としては充分だった。
「さて、マルバス殿、行くぞ!」
その掛け声と共に十数騎が国王軍の後方に向かって駆け出した。




