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第四十六話 決戦 1

 国王軍とラウス軍の戦闘は開始して、一時間ほど経っている。

 シャスターがデニムと戦っている間に戦況は変わってきていた。



「国王軍の方が押しています」


「やはり、戦力では国王軍が有利だったね」


 デニム軍が戦線離脱したことによってラウス軍より少ない兵数になってしまった国王軍だったが、国軍にはウルをはじめ実力者の幹部騎士たちが多い。

 ここに来て、彼らが前線に出てきたのだ。その周りでは大勢のラウス軍の騎士たちが倒されているのが遠目からも分かった。


「やっぱり、王領騎士団のウルたちは強いねー」


 そのウルたちを圧倒的な実力差で倒したシャスターが言うと嫌味にしか聞こえないが、もちろんシャスターにそんな気はない。純粋にウルたちの強さを褒めているだけだった。


「ラウス軍にはウルたちに相当する実力の騎士はいないようです」


 ラウス軍を下見してきた星華の言葉は目の前の戦況を物語っている。

 王領騎士団長のウルが推測していたとおり、ラウス軍が急激に兵数を増やした感は否めない。まだまだ経験値が足りないラウス軍に対して、全体的な騎士の質は国王軍の方が圧倒的に上だ。

 徐々にラウス軍の陣形が削られていく。すでにラウス軍の二割以上が倒されていた。



 そして「国王軍優勢」と思っているのは、当然ながらシャスターだけではなかった。

 騎士団長のウルは前線を離れ、中衛で控えているオイト国王の元に赴き戦況を伝えた。


「このままいけば、あと一時間足らずで、ラウス軍は総崩れとなるでしょう。それと同時に一気に攻勢に出れば、ラウス軍の敗退が決まります」


 魔法部隊を使わずとも王領騎士団だけでラウス軍を倒せる、ウルはそう確信をしていたが、国王デニムの表情は厳しいままだ。


「気を抜くな。斥候は放っているのだろうな?」


「はい、ご命令どおり周辺の偵察はしております」


 ウルは頭を下げたが、心の中では国王の命令を不審に思っていた。すでにラウス軍と戦闘が始まっている。それなのに偵察を命じるとは、これ以上どこから軍が現れるのかと。


 しかし、国王は王都を出発する時、すでにラウス軍が進軍していることも予想していた。ここは素直に国王の意思に従うべきだろう。


 そう思った矢先だった。

 慌ただしく伝令が現れ、二人の前でひざまずく。


「た、大変です! 突然、我が軍の後方に敵軍が現れたもよう。現在、後衛が攻撃を受けています」


「なんだと!?」


 ウルは勢いよく立ち上がると、伝令を睨みつけた。


「一体どこの軍から攻撃を受けているのだ?」


「分かりません。しかし、かなり激しい攻撃で後衛の陣営は崩れ始めています」


「おそらく西領土騎士団だ」


 国王の呟いた言葉にウルは驚愕する。


「し、しかし、西領土の領主であるデニム様はこちらにいらっしゃいますが……」


「デニムが知らないところで、ラウスと西領土騎士団が繋がっていたのだ」


「まさか!?」


 ウルは唖然としたが、それと同時に二人目の伝令が現れた。


「後方に現れた敵軍の正体が判明しました。騎士の甲冑から判断して、西領土騎士団と思われます」


 言葉を失ったウルは天井に目を向け暫し考える。

 西領土騎士団が勝手に動くはずがない。

 とすれば、騎士団に命令できるのはただひとり。


「シャスターか!」


 つまり、あの小僧は最初からラウスの手先だったのだ。それならば、先ほどの天幕の中での会話も納得がいく。


 しかし、それよりも何より……。


(なぜ国王はこのことを知っていたのだ?)



 オイト国王は、攻め込んだ軍隊の正体が分かる前に「おそらく西領土騎士団だ」と言い放っていた。

 しかも、「ラウスと西領土騎士団は繋がっていた」とまで言い切っていたのだ。

 つまり、国王が斥候を放つよう命じていたのは西領土騎士団が現れることを警戒していたからだ。


 そもそも国王は王領内を進んでいる時も警戒しながら進軍するように命令しており、そのおかげでいち早くラウス軍を見つけることができた。もし警戒をしないで進軍していたら、突然現れたラウス軍と混戦になって戦況は不利に動いていただろう。


 つまり、国王はラウス軍の進軍も西領土軍の進軍も知っていたということだ。

 なぜ知っていたのかと尋ねるべきか否か、ウルは躊躇していたが、その間に伝令が言葉を続ける。


「尚、西領土騎士団の中に不統一の武装をした戦士たちがいます。おそらく西領土の傭兵隊が混ざっているようです」


「なんだと?」


 ウルはまたもや声を荒げた。傭兵隊がいるということは傭兵隊長のエルマも裏切ったということだ。つまり、シャスターだけでなくエルマもラウスと繋がっていたのだ。その西領土混成軍が後方から攻めているならばかなり厄介だ。


 現状優勢を誇っている国王軍だが、劣勢に追い込まれるのは時間の問題だろう。



「陣頭指揮を執りに向かいます」


 慌てて出て行こうとしたウルに、静かだが威厳に満ちた声がそれを遮った。


「ウルよ、うろたえるな」


 国王の言葉にウルは足を止め、再度ひざまずく。


「戦況など、あとからどうにでもなるわ。それよりも、デニムとはまだ連絡がつかないのか?」


「申し訳ございません。右翼部隊は大きく戦場を離れたところで戦っているようで連絡が取れておりません」


「デニムの無能者と連絡がついたらすぐに連れてこい」


「ははっ!」


 この時点でまだデニムの死を知る者はいない。

 ウルは急いで国王の場から退出すると、外に控えていた部下たちに指示を出した。



 おそらくデニムは今回の失態の責任を取らされるのだろう。しかし、それよりも今問題なのはそのデニムと連絡がつかないということだ。魔法使い(ウィザード)であるデニムを心配する必要などないのだが、今回ばかりは訳が違う。なぜなら相手がシャスターだからだ。

 しかも、先ほどの報告でシャスターがラウス側だということが判明したのだ。


「急いで、右翼部隊と連絡を取れ!」


 部下に命じると、重い足取りでウルは前線に戻っていった。





 エルマはすでに十人以上の国王軍の王領騎士を倒していた。少し離れたところではマルバスも同程度の騎士を倒している。


「見事な剣技だ。前騎士団長よりも数段実力が上だという噂は本当だったのだな」


「なんの。エルマ殿こそ、噂に違わぬ見事な腕前です」


 馬上で二人は顔を見合わせて笑った。見事に奇襲作戦が成功したからだ。西領土騎士団と傭兵隊の西領土軍は国王軍の後衛を後ろから攻撃を仕掛けたのだ。



 実は国王軍もラウス軍も全軍が同時に戦っているわけではない。平原の広さでは全軍を一気に投入することができないためだ。

 そこで、国王軍は前衛、中衛、後衛と三つに分け、さらに前衛は右翼、中央、左翼と部隊を分けていた。

 その右翼部隊を任されていたデニム軍は主戦場にはいない。


 右翼部隊がいない分、国王軍は兵数でラウス軍よりも不利なのだが、この平原ではラウス軍に全軍で囲まれる心配がない。しかも、個々の実力では国王軍の方が圧倒的に強いので、国王軍にとっては優位な戦場だった。事実ウルが国王に報告したとおり、ラウス軍の兵数は急激に減っていた。


 しかし、そこに国王軍の油断が生じた。ウルを含む分団長たちが前衛で戦っていている間、後衛の騎士たちはまだ出番がないと気を抜いていたのだ。


 それが仇となった。



 そこに突然、後方から大軍が現れたのだ。

 すぐに対処できるはずもなく、後衛にいた騎士たちは西領土軍の奇襲で慌てふためいた。


「一気に叩き潰せ!」


 エルマの掛け声に周辺の傭兵たちが声を張り上げる。

 傭兵たちはそれぞれ戦い方がある。斧使いや大剣使いのように腕力に物を言わせて戦う者や両刀使いのようにスピードを生かして戦う者、他にも色々だがその中でも特殊な攻撃スタイルで次々と騎士を倒している者がいた。

 盗賊ギダだ。

 彼は両手に短剣を持ちながら、まるで曲芸師のような身軽さで騎士たちの首筋を切り裂いていた。倒した敵数でいえば、エルマよりも多いかもしれない。


 しかし、ギダにはそれ以上に大きな功績があった。

 西領土軍が奇襲することが出来たのは彼のおかげだった。慣れない土地を進軍する西領土軍だったが、隠密行動に長けているギダとその部下たちが先頭を進み、斥候に見つからないように、或いは見つかっても即座に殺しながら道案内を務めたため、難なく後衛の後方に現れることができたのだ。


「ギダよ、今夜の祝杯は俺に奢らせてくれ」


「隊長、それは勝利してからお願いしますぜ」


「ああ、そうだな」


 エルマは気を引き締めた。国王軍は突然の後方からの攻撃で浮き足立っている。しかし、国王軍には王領騎士団長のウルをはじめ主だった騎士たちが大勢いる。彼らはこの程度の攻撃では慌てていないだろう。すぐに態勢を立て直してくるはずだ。


「エルマ殿、そろそろ頃合いかと」


 マルバスが戦場を見渡した。この時点で後衛の半数近くを倒している。上出来だ。


「そうだな。これ以上ここにいると、今度は我々の被害が大きくなる」


 エルマは了解の意思を伝える。するとマルバスの従者が角笛を吹き始めた。その音に合わせて西領土軍は即座に戦いを止め、素早い速度で再び後方の森に消えていく。混乱している後衛に追撃する余裕はないことを見越しての迅速な退却だった。





「見事なものだね」


 大木の上から遠く眺めていたシャスターが彼らの用兵に感心している。実際に先ほどまで国王軍優勢だった戦況が、一気にラウス軍優勢に逆転している。


「役割が終わったら戦いに固執せず、機を見て速やかに撤退する」


 と言ってもなかなかできるものではない。凡将なら勝っている最中に退却など出来ないであろう。


「勝利への快進撃に酔って、気付いた時には態勢を立て直した敵の大群に囲まれて終わりってパターンが普通なのに」


 しかし、エルマとマルバスはそうはならなかった。戦局全体を見渡すことができる稀有な存在だ。


「これから西領土軍はどこへ向かうのでしょうか?」


「ラウス軍と合流するんじゃないかな。平原を大きく迂回してね」


 星華の質問に答えたシャスターの予想通りに、西領土軍が平原の周囲に広がる森の中を移動しているのが、木の上から微かに見える。


「さーて、これで兵数はラウス軍が多くなったし士気が高まったけど、国王軍にはウルたち個々の強者が多いからね。まぁ、戦力で言えば五分五分かな」


 シャスターとしてはラウス軍に勝利して欲しいが、こればかりはどうにもならない。あとはエルマとマルバスの戦術次第だとシャスターは思っていた。



 西領土軍が消えた後、国王軍とラウス軍は小競り合いの小康状態が続いていたが、西領土軍がラウス軍に合流したのに合わせて、両軍とも本格的な戦闘が再開された。

 木の上から見ると、平原を挟んで右手にラウス軍、左手に国王軍が展開しているのが良く分かる。



 戦闘が始まってからすでに二時間以上が経過している。これから最後の決戦を迎えるだろうとシェスターが思った矢先、戦いが大きく動いた。


 国王軍からラウス軍へ無数の炎の球が撃ち込まれたのだ。炎が落ちた場所では人が燃え、馬が暴れ出し、周辺は混乱をきたしている。


火炎球(ファイア・ボール)だね」


 緊張感もなくシェスターが星華に話し掛けるが、現場にいるラウスたちはとてつもない緊張感に包まれていた。



「ついに魔法部隊が投入されたか」


 夏なのに、額から冷たい汗を流しながらラウスが呟く。



 いよいよ、国王軍が本気を出してきたからだ。





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