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第四十四話 開戦前

 シャスターは馬に乗りながら、もう一度デニムに対して大きく手を振った。


「何とかデニムが俺のことを気付いてくれるまでは良かったけど」



 描いたとおりに事は進んでいた。

 シャスターが丘の上に現れたのは、敢えてデニムに見つけさせるためだった。

 シャスターが立っている丘の先にはラウス軍が布陣している。そこに勢いに任せたデニム軍が突っ込んできたらどうなるか。

 本陣と連携していない単独行動のデニム軍はラウス軍から総攻撃を受けて大きなダメージを受けるだろう。


 兵数でいえばラウス軍は国王軍と同等だ。しかし、国王軍にはウルや分団長を始め、一人ひとりの騎士の能力が高い。

 シャスターは戦力的には国王軍が圧倒的に有利だと見ていた。


「しかも、あんな魔法使い(ウィザード)までいるとはね」



 シャスターは本当にただお腹が空いたので、ウルのテントに昼食を食べに行っただけだった。それなのに、いきなり魔法使い(ウィザード)からの攻撃を受けるなんてたまったものではない。それに国王軍には他にも魔法使い(ウィザード)が何人もいるようだし、多少国王軍の戦力を割くぐらいいいだろうと思って、デニム軍を陽動して少しだけラウス軍に肩入れをしたのだが。


「さすがウル、王領騎士団長を務めているだけのことはあるね」


 シャスターはウルを褒め称えた。デニム軍の進軍に合わせ、国王軍の本陣も動き出したからだ。シャスターの行動が読まれている証拠だった。



「このままでは、想定よりも早い段階で両軍が激突することになります」


「逆に余計なお節介をしてしまったかな」


 星華に指摘されて、シャスターは困った表情を見せた。

 本来であれば、両軍とも互いの出方を見る為、しばらくの間睨み合いが続いてから戦闘になっていたはずだ。

 その後、エルマたちの西領土軍が国王軍の背後から現れる……そう予想していたのだが、シャスターのせいで両軍が予定よりも早くに戦闘に入ってしまうため、エルマたちが間に合わない可能性が高くなったのだ。


 ラウス軍を助けるためだったが、結果的に国王軍を利することになってしまった。



「どうすれば良いと思う?」


 シャスターは星華に助言を求めるが、星華にとっては考えるまでもない。


「シャスター様おひとりで、国王軍を殲滅すれば良いと思います」


 至って真面目に答える星華だったが、もしこの場にカリンやフローレがいたら冗談としてしか受け取らないだろう。

 常識で考えて、国王軍八千をひとりで相手など出来るはずないからだ。

 しかし、シャスターは笑わなかった。


「星華の考えは正論だと思うよ。その方法だと少なくともラウス軍に死者が出ることはないからね。最も被害が少ない方法だ」


 まるでひとりで戦うことが当然かのように、しかも勝つことも当たり前のようにシャスターは星華の考えを認めた。


「しかし、それでは良くないと思う」


「なぜでしょうか?」


「ラウス軍が楽に勝利を手に入れてしまうからね」



 シャスターが深く関わったカリンやフローレ、その他の人々にも幸せになってもらいたいし、そのためにはこれから起こる内戦でラウス側に勝って欲しいと思う。しかし、だからといってシャスターがラウス軍に代わって国王軍と戦うことはしない。


 前にも話したが、これはレーシング王国の問題だ。結果が良くても悪くても、それはレーシング王国の人々だけで決めるべきことなのだ。部外者が我が物顔で表に立ってはならない。

 それに、シャスターがひとりで国王軍を殲滅させてしまったら、新生レーシング王国はラウスたちが創り上げた国ではなくなってしまうからだ。


「他人の力で簡単に手に入れてしまったものは、失う時も簡単に失くしてしまう」


 そんな生真面目で頑固な考え方を持っているシャスターだったが、自分でもそのことには気付いていた。


「俺って考え方が固いかな?」


 カリンあたりが聞いたら笑い出しそうな質問をまじまじとする。


「そこがシャスター様の良いところだと思います」


 星華が少しだけ微笑んだ……気がしたシャスターは照れ隠しに軽く頭をかいた。


「まぁとりあえず、当初の予定通りにデニムだけは何とかしておこう。星華、デニム軍を少し離れた場所に誘導してもらっていいかな?」


「かしこまりました」


 それだけで二人の意思は通じ合った。


 消えた星華を確認してから、シャスターは馬で駆け出した。





「ウル様、デニム軍は右に進路を変えて急速に動いています。このままでは我が本陣と左翼だけでラウス軍と衝突することになります」


 部下の報告にウルは舌打ちをした。


「デニム様は何を考えているのだ?」とは思わない。

 デニム軍がシャスターに翻弄されているのが予測できたからだ。ただ、戦いが終わった後、勝手な行軍について国王がデニムに責任を取らすであろうことは分かっていた。


「ラウス様を逃してしまったことも、軍を勝手に動かしたことも、全てはあの小僧のせい。デニム様が翻弄され続けているとは」


 とはいえ、ウル自身にも大きな影響が出ている。これでデニム軍の右翼部隊が戦力外となってしまったからだ。


「デニム軍千五百の兵力はあてに出来なくなりました。ラウス軍はおよそ八千です。本陣と左翼の六千五百の兵力で大丈夫でしょうか?」


 報告した部下が心配そうな表情を浮かべる。

 ラウス軍もすでに国王軍の動きに合わせて進軍し始めている。このままでは両軍が正面からぶつかり合うが、そうなれば兵力で勝るラウス軍が有利になる。


 しかし、そんな部下の不安をウルは一笑した。


「戦いは兵の数だけでは決まらん。ラウス軍がいかに多くとも急遽編成した寄せ集めが殆どだろう。戦力では我が軍の方が圧倒的に優位だ」


 それに魔法部隊もいる、とは声に出さずにウルは前方を睨んだ。



 開戦まであとわずかだ。



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