第四十話 決戦の地へ &(登場人物紹介、MAP)
エルマとマルバスが率いる西領土軍は二千五百人の混成軍だ。編成は傭兵隊約百名と騎士団が二千四百人となる。
残りの騎士は、マルバスの信頼のおける部下を隊長として西領都の警備のためノイラに置いてきた。
予定の十時に王領に侵攻した西領土軍は、当初ラウスの指示通りに王都を目指していたが、途中で進軍を一旦止めることになってしまった。
エルマの命令で、そのまま王都に残り情報収集をしていた盗賊ギダが、慌てて戻ってきたからだ。
「えらいことになりやした。国王軍が東領土に攻め込むために進軍を始めました」
「まさか!?」
エルマは驚愕した。得ないことだったからだ。
ラウスの裏切りが判明したとはいえ、通常ならすぐに国王軍が動くことはない。しばらく様子見するはずだ。
それなのに、昨日の今日で動き出すとは。
しかも八千もの大軍だ。
「もしや、東領土軍が攻め込むことを知っていたのか?」
「その可能性もありやすね」
国王の元にもギダのような諜報活動を行なっている者がいても不思議ではないからだ。
「まぁ情報源はともかく、国王軍は本気で東領土を滅ぼすつもりですぜ」
これでラウス軍と西領土軍が挟撃しての王都攻めは出来なくなってしまった。しかも、ラウス軍はその事実を知らぬまま、街道途中で国王軍と遭遇戦になる可能性が高い。
「我々は予定通りこのまま王都に進軍して、国王軍がいなくなって手薄な王都を奪うことも出来ますが」
「ラウス軍を陽動に使うのだな」
国王軍とラウス軍が戦っている間に西領土軍が王都を奪う、戦術としてはとても有効だ。ただし。
「そのためには今の俺たちだけの戦力では足りないな」
「ですね。こう着状態に持ち込むぐらいしか出来ないでしょう」
国王軍が留守で手薄とはいえ、王都には防衛のため二千人もの騎士を残している。彼らだけでも西領土軍と同数以上だ。さらに攻城戦の場合は攻めよりも守りの方が有利だ。
「我々だけがこのまま王都を攻めることには意味がないか」
「それよりも、もっと西領土軍を効果的に使うべきです」
「つまり、それは」
「ラウス軍と合流して国王軍を討つ」
エルマとマルバスは顔を見合った。
二人の頭の中では新たな目的と戦術が既に決まっていたのだ。エルマは王領の地図を広げる。
国王軍が出立した時刻とラウス軍が王領を侵攻した時刻を考慮して両軍の進む街道を繋げると自ずと戦場になる場所が見えてくる。
「決戦場所は、このヤシュ平原か」
両軍のほぼ中間地点に大軍が対峙できるヤシュ平原と呼ばれる大きな平原がある。十中八九、戦場はここになるはずだ。そして両軍が大平原に到着する時刻は午後を回った頃、おそらく午後二時前後だろう。
「ギダよ、ここからヤシュ平原までの最短の道案内を頼めるか?」
「無理だと言っても進むんでしょ?」
「もちろんだ」
「はぁ、分かりやした」
ギダは頭を下げて掻きながら、地図と目の前の風景を交互に見つめる。ギダは今まで何度も王領内に足を運んで地理を調べていた。だから、ここから平原に進軍することは可能だとも分かっているが。
「街道から外れて森の中を進むことになりやす。戦闘に間に合わせるためにかなり強行な行軍ですが、いいですかい?」
「もちろんだ」
「ギダ殿、頼む」
「はいはい」
ギダは軽くため息をつくと、三人の腹心の盗賊の部下を呼び寄せて少しだけ打合せを行うと先頭を切って馬を進め始めた。さらに三人の部下は先攻の偵察として森の中に消えていく。
「それじゃ、行きますぜ」
ギダの号令と共にエルマとマルバス、そして西領土軍は新たな目的地に進み始めた。
あいかわらず、シャスターはのんびりと馬を進めていた。
「それにしてもエルマ隊長とマルバスは、よく働くよね」
おそらく二人とも昨日から一睡もしていないはずだ。しかもそれは二人だけではない、西領土騎士団も傭兵隊たちも寝ていない。
興奮状態が睡魔を抑えているのだろう。それ程までにこの戦いは今後のレーシング王国の命運を左右するものなのだ。
「まぁ、西領土軍の動きがこの戦いにおいて重要な役割になるからね」
そのことをエルマもマルバスもよく承知している。
「西領土軍はラウス軍を囮に使うかな」
すでに西領土軍は、国王軍が東領土に向けて進軍したことを知っているだろう。
エルマの元には盗賊がいる。彼が昨夜から王都バウムで国王たちの動向を探っていたことは間違いない。そこで国王軍が進軍を始めたことを知った盗賊は、エルマたちに知らせるために西領土軍へ向かったはずだ。
それを聞いたエルマとマルバスは、戦術の練り直しをしているとシャスターは推測していた。
主力部隊が戦っている間、別働隊が敵の本拠地を攻める。陽動作戦は戦術において基本的なパターンだが、それを西領土軍は行うはずだ。
しかも今回さらに有利な点は、国王軍は西領土軍の侵攻をまだ知らないことだ。まさか西領土の騎士団と傭兵隊が攻めてくるなど思ってもいないだろう。
それだけに西領土軍の動きが重要になってくる。
「西領土軍は見つからないよう、進軍経路を大きく迂回して王都に攻め入るかな」
「いいえ、今回西領土軍はその選択はしないと思います」
「ほほぅ!?」
シャスターは嬉しそうに星華にその理由を尋ねる。
「王都に攻め込むには、西領土軍の戦力が少な過ぎます」
おそらくウルはバウム城の守備戦力として多少は王領騎士団を残しているだろう。そして多少とはいえ、一万人もの王領騎士団であれば最低二千人は残すはずだ。つまり、西領土軍と同程度、攻城戦の基本として攻城戦力と守備戦力が同規模であれば、城を制圧するのは無理だ。
「有能なエルマ隊長とマルバスでも?」
「有能な指揮官だからこそ、万が一の賭けには出ないはずです」
「なるほどね、たしかに星華の言うとおりだ」
凡庸な指揮官なら、王都に攻め込むことが勝利と考え、兵を叱咤し攻城戦に挑むだろうが。
「あの二人はそんな無謀なことはしないか」
「はい。だからこそ、少数でも効果的な別の行動を取ると思います」
星華は彼らがその行動を取るであろうと確信していた。
「で、その行動とは?」
「国王軍の背後から攻撃を仕掛けることです」
国王軍とラウス軍が戦っている時に国王軍の背後を襲う。それなら西領土軍の戦力でも大きな効果がある。そして挟撃が上手くいけば、国王軍は大きな混乱に陥りそのまま壊滅する可能性も高くなる。
「もちろん、私が考えつくことです。すでにシャスター様も考えついていたのでしょう」
「そんなことはない、星華の洞察力は大したものだよ」
たしかにシャスターもそこまでは考えていた。ただし、エルマたちが国王軍を背後から攻撃を仕掛けるのには大きな障壁があることも分かっていた。
「西領土軍が国王軍に見つからずに背後に回り込むことが出来るかどうかだな」
国王軍もラウス軍と戦闘を開く前には四方に偵察を出しているはずだ。西領土軍としてはそれらに見つからないように行動しなければならない。
さらに言えば、西領土軍は王領の地理に詳しくない。そんな状況で西領土軍が国王軍に気付かれることなく背後に回り込むことが出来るのか。
「おそらく大丈夫だと思います」
「何でそう思う?」
シャスターには理由が分からなかったので、星華に素直に尋ねる。
「傭兵隊にはそこそこ優秀な盗賊がいますので、その者が先導すれば国王軍の背後に回り込むことも可能だと思います」
エルマの片腕と呼ばれるギダのことを星華は評価していた。ただし、星華の隠密行動の方が数倍も優れていたのでギダの行動は全て星華に気付かれていたが、それは星華が特別過ぎるのであって普通に考えればギダも優秀な部類に入るだろう。
星華が王城に忍び込んだ時、ギダのような隠密に長けている存在を国王軍では見当たらなかった。つまり、国王軍にはギダ以上に隠密情報取集に長けている者はいないということだ。
「ただ、オイト国王は魔法使いですので、何か特殊な魔法を使われたら話は変わりますが」
ギダの隠密行動など、高度な魔法の前では児戯に等しいからだ。しかし、シャスターはそんな心配は杞憂と言わんばかりに笑った。
「それは大丈夫。オイトはそんな魔法は使えないよ」
シャスターは断言していた。彼だからこそ分かる確信だった。星華は肯定の意味で大きく頷き、さらに情報を続けた。
「前方から国王軍も進軍しています。おそらくあとニ時間ほどで両軍は平原で対峙すると思います」
「それじゃ、決戦の地に向かうとするか」
シャスターは少し速めに馬を進め始めた。
♦♢♦♢♦♢♦ レーシング王国 ここまでのMAP ♦♢♦♢♦♢♦
これまでの主要な登場人物
シャスター
レーシング王国の西に広がる広大な「深淵の森」から迷い出て来た少年。
現在、西領土騎士団の騎士団長。
剣の腕はかなりのもので、王領騎士団の幹部たちを瞬時に倒してしまうほどの剣の名手。
東領主ラウスが西領土の町々を使って実行しようとしていた反乱計画を西領主デニムに知らせ、オイト国王の前でバラさせて反乱を失敗させた。
しかし、その後にラウスを助けて逃したり、ラウスの新たなる反乱計画を支持したりもしている。
また、フーゴ率いる「西領土騎士団親衛隊」を全滅される計画を立てたりと、行動にまだまだ謎が多い。
カリン
レーシング王国の西領土に点在する町の一つ、フェルドの町の町長の孫娘。
騎士たちに襲われそうになっていたところを旅人のシャスターに助けられる。
以前に神官見習いとして教会に奉公していた時、神聖魔法の使い手の才能があることが分かり、簡単な神聖魔法を使うことができる。
シャスターによって、フェルドの町の住民が炎で滅ぼされたことになっているが、実はシャスターのつくったニセモノの炎であり、カリンを含めて町の住民たちは無事に生きている。
星華
シャスターの従者。稀有な職業「忍者」、その中でも上忍しか名乗ることが許されない「くノ一」の称号を持つ。
日頃はシャスターの影の中に潜んでいる。
無口で沈着冷静、そしてシャスターに絶対的忠誠を誓っている少女。
フェルドの町長
カリンの祖父。フェルドの町を取り仕切っている。
東領主ラウスと密約を結んでおり、西領土で反乱を起こそうとしていた。
デニム
レーシング王国、西領土の領主。オイト国王の長男。
東領土の領主である次男のラウスとのことを嫌っている。
国王と同様、無慈悲で残虐な性格。
魔法使いであり、魔法は国王から教わった。
ラウスの反乱計画を国王の前でバラし、ラウスを反逆者としてシャスターたちに追討指示を出す。
ラウス
レーシング王国、東領土の領主。オイト国王の次男。
領民のための統治を実施しており、東領土の国力は大幅に上がっている。
領民を犠牲にする父のオイト国王や兄デニムのやり方に反感を持ち、自分が国王になるために反乱を起こそうとする。
フェルド町の炎上と、国王の前での反乱計画の暴露により、二度ともシャスターによって反乱計画が阻止されるが、それが両方とも領民を犠牲する反乱であることをシャスターに気付かされた。その後は領民を犠牲にしない、兵士だけの軍で戦いに挑む。
オイト国王
レーシング王国の国王。デニムに輪をかけた非道な人物。
伝説の魔法学院であるイオ魔法学院で魔法使いとして一年間修行した実績の持ち主。魔法使いとして圧倒的な力を持ち、王国を支配している。
裏切ったラウスへの見せしめの為、東領土全領民四十万人を殺すよう、国王軍を東領土に向かわせる。
エルマ
西領土の傭兵隊の隊長であるが、実は東領主ラウスの腹心であり、西領土での反乱計画を実行しようとしていた。
反乱計画がバレて、シャスターから逃げるラウスを助けようと追いかけるが、途中で何故かシャスターと一緒にいるラウスに戸惑いながらも、大幅に変更された反乱計画を実行に移して、西領土騎士団のマルバスと共に西領土混成軍として王領に攻め込もうとしている。
ギダ
エルマ傭兵隊長の腹心。職業は盗賊。
王領に潜伏していたが、国王軍が動き出すことを察知し、エルマたち西領土混成軍に伝える。
マルバス
西領土騎士団、前副騎士団長。
東領主ラウスとエルマ傭兵隊長と共に反乱計画に参加する。
フーゴたち「西領土騎士団親衛隊」を全滅させた後、傭兵隊と西領土騎士団の西領土混成軍をつくり、エルマと共に王領に侵攻を始める。
フーゴ
西領土騎士団の残り半数を占める「騎士団長派閥」を束ねており、自分たちの利益のためには領民を殺すことも厭わない残虐な人物。
シャスターによって西領土騎士団の「親衛隊」隊長に任命され、シャスターと共に王都に向かう。
王領騎士団を使ったシャスター殺害計画が失敗したものの、シャスターに助命をされた。その後、自分の手柄の為、反逆者のラウスを追いかけるが、サゲンの町にてフーゴたちに恨みを持つ領民たちの手によって殺される。
ウル
レーシング王国、王領騎士団の騎士団長。
剣の実力はレーシング王国一であるが、シャスターに王領騎士団幹部が瞬時に倒されると、シャスターに降伏する。
シャスターに表向きは忠誠を誓っている。
フローレ
領主デニムの侍女のひとり。
食事中にデニムの不興を買い、殺されるところをシャスターの機転によって助けられる。
シャスターのことを心から慕っていて、シャスターのために動くことを決意する。
現在は、ニセモノの炎に包まれて外に出ることができないフェルドの町の住民たちに、現状況を伝えるために、フェルドに向かっている。




