第六十一話 智将の話術
ダーヴィス将軍は内心で驚いていた。
通常このような場合、明らかに嘘だと分かっていたとしても、決して認めないものだ。交渉で不利になるからだ。
それなのに、ギース子爵は自らの関与を認めた。
「もう少し詳しく話していただこうか。ギース子爵」
「もちろんだ。襲わせたのはダーヴィス将軍、あなたの実力が知りたかったのだ。私と交渉するに値する人物かどうか、そして隣人として付き合っていくべき人物かどうか。それらのことを見極めるために攻撃を仕掛けたのだ」
「面倒なことをするものだ」
ダーヴィス将軍は呆れた表情を見せたが、ギース子爵も苦笑している。
「今更ながら私もそう思うよ。おかげで忠実な二人の部下を失ってしまった。完全な失策だった」
その割には憎しみや怒りを感じない。口先だけで心から悲しんではいないのだ。
この青年の冷徹さをダーヴィス将軍は感じ取っていた。
「ところで、ダーヴィス将軍。貴殿の配下の者たちも紹介してくれないか? 特にその少年を」
薄い笑みを浮かべながらギース子爵はシャスターを見つめた。
「この少年は魔法使いだ。高レベルの魔法使いであり、私の軍の副将軍だ」
ダーヴィス将軍は予め用意しておいた職名を伝えたが、それで吸血鬼の青年は得心がいったようだ。
「なるほど。あれほどの魔物の大軍と二人の吸血鬼を滅ぼした魔法、確かに高レベルの火炎系魔法使いのようだ」
実力に年齢は関係ないことを知っているギース子爵は、シャスターが副将軍と聞いても驚くことはない。
「もしかして、イオの関係者か?」
「イオ魔法学院を知っているのか!?」
ダーヴィス将軍は大袈裟に驚いてみせたが、長い年月を生きている吸血鬼、さらにその上位種である純血種が「五芒星の魔法学院」を知っていることは当然だと思っていた。
しかし、あえて驚いてみせたのだ。
今までの会話からダーヴィス将軍はギース子爵の性格をある程度見抜いていた。自信過剰家でそれをひけらかす傾向があると。
だからこそ、大袈裟に驚くことによって優越感に浸ったギース子爵から情報を引き出そうとしたのだ。
青年との最初の会話からダーヴィス将軍の交渉話術は始まっていた。ギース子爵は自ら話していると思っているが、実はダーヴィス将軍の巧みな話術の上で踊らされながら情報を開示させられているのだ。
ダーヴィスが智将と呼ばれる理由の一つ、高度な交渉話術だ。
案の定、優越感を覚えながらギース子爵は話を始める。
「当然知っているさ。数万年もの遥か神代の時代から続く、天界がつくった最高峰の魔法学院のひとつ、イオ。そこの出身者なら、部下の吸血鬼二人が敗れても仕方があるまい」
ギース子爵は演技か本音か分からないため息を吐いた。
しかし、ダーヴィス将軍は今度こそ本気で驚いていた。
(天界とは……何だ!?)
表面上は冷静さを装いつつ、手にかいた汗を拳で握りしめながら、ダーヴィス将軍は話を聞き続けた。




