第五十八話 確定
「ちょっと、シャスターくん!」
エルシーネがシャスターに詰め寄る。
「なんで、勝手に殺しちゃうのよ!」
もう少し吸血鬼から情報を得たかったエルシーネとしては、シャスターの独断に文句を言いたいのは当然だ。
「そうだった……ごめん」
「全くもう! それに私が戦うことができなかったじゃない」
エルシーネは口を尖らしてはいるが、シャスターの冷たい怒りが消えていることに内心で安堵していた。
「それにしても、シャスターくんの手に掛かれば、吸血鬼も弱く見えちゃうわね……」
吸血鬼は今まで戦ってきたゴブリンたちのような下位の魔物とは訳が違う。強さの桁が違い過ぎるからだ。仮に百匹のゴブリンが束になって襲い掛かったとしても、吸血鬼一人に敵わないだろう。
吸血鬼とは、それほどレベルの高い強力な相手だ。
しかし、そんな吸血鬼をシャスターは易々と倒してしまった。
「吸血鬼とは初めて戦ったけど、意外と弱かった」
「そんなことを堂々と言える人間は少ないでしょうね」
エルシーネはため息を吐きながら呆れ顔をした。
しかし、シャスターの感想には賛成だ。エースライン帝国が誇る十輝将のひとりであるエルシーネであれば、シャスター同様、あの程度の吸血鬼なら何人いても余裕だ。
しかし、そんなエルシーネでもシャスターには驚かされた。シャスターの魔法は吸血鬼の肉体再生力の優位性を無効化してしまったからだ。
「シャスターくんが強すぎるのよ」
「五芒星の後継者」のひとり、イオ魔法学院の後継者の強さを改めて思い知らされた。
いつもはのほほんとして飄々としている、掴みどころのない少年だが、本気で怒るとこれほど怖い存在はない。
「でも、あれじゃ知死者の方がずっと強かったよ」
シャスターは帝都エースヒルを襲おうとした上位アンデッドを思い出していた。知死者の方が二人よりもずっと強かったからだ。
「吸血鬼と知死者は共に上位アンデッドですが、それぞれの個体によって強さは異なります。シャスター様が戦われた知死者は強く、先ほどの二人は吸血鬼の中でも弱い部類なのでしょう」
説明を終えたレーゼンが最後に一言を付け加える。
「しかし、純血種はそれ以上に強いです」
「まぁ、そうだろうね」
シャスターたちにもそれは分かる。そして、これから戦うことになる相手はその純血種なのだ。
「子爵という純血種が黒幕みたいだけど、ダーヴィス将軍は知っているの?」
エルシーネが尋ねる。冥々の大地南西部を支配している吸血鬼と、ダーヴィス将軍は交易をしている。だからこそ何か知っていると思ったのだ。
しかし、ダーヴィス将軍は頭を横に振った。
「いいえ、子爵という人物を聞いたことはありません。そもそも、先ほどの二人も今までの定期訪問では見たことがない吸血鬼でした」
ダーヴィス将軍の記憶にない吸血鬼だということだ。
「やはり、そういうことか」
「そのようですね」
納得したかのようなシャスターの声にダーヴィス将軍も賛同する。そして、エルシーネもレーゼンも大まかには推測できていた。
「つまり、ダーヴィス将軍が今まで交易していた穏健派の吸血鬼ではなく、子爵と呼ばれる過激派の吸血鬼たちが、冥々の大地南西部を新たに支配しているということ?」
「おそらくは、そういうことだろうと思います」
ダーヴィス将軍は視線をレーゼンに送る。それに気付いたレーゼンが話を続ける。
「先ほどの二人の吸血鬼は、子爵は純血種と言っていました。純血種であれば、吸血鬼に命令することもできますし、今までダーヴィス将軍が交易していた吸血鬼たちから南西部の支配権を奪うこともできるはずです。それだけ純血種の力は普通の吸血鬼を圧倒するのです」
大陸でも最強部類に入るのが、純血種の吸血鬼ということだ。
そんな純血種であれば、魔物の王や知死者を使って帝国を攻めることにも何の躊躇もないはずだ。
「かなりの強敵になりそうね」
エルシーネが率直な感想を述べた、その時だった。
突然、シャスターの前に一つの黒い影が現れた。
星華だ。
二人の吸血鬼を捕まえた後、再び姿を消していた星華だったが、その手には小さな白い花を持っている。
「星華、それは?」
「幻眠花です」
その花の名を聞いて、誰もが驚く。
幻眠花とは、帝国会議でエーレヴィンが話していた花だ。強力な催眠効果を持つ花であり、その花粉がエースライン帝国を襲った三匹の魔物の王から検出されていたのだ。
「この森の奥に咲いていました」
淡々と話す星華とは対照的に、エルシーネは何とも複雑な表情をしている。
帝国会議でのエーレヴィンの話を思い出していたからだ。
「吸血鬼の上位種は吸血鬼化とは別に、魔物を王化することもできるのではないか、と私は思っている。しかし、魔物の王化は吸血鬼化と違い、血を与えた者を服従させることができない。そこで幻眠花を使ったのではないか」と、エーレヴィンは推測していたのだ。
エルシーネは悪寒を覚えた。ここまで推測が当たってくると、兄が恐ろしい存在だと改めて実感する。
しかし、その頭脳が妹を苛めるためではなく、帝国のために使われるのならば、これほど頼もしいことはない。
「これで確定したわね。帝国に魔物の王を送りつけた張本人が」
エルシーネの言葉に頷いた一行は古城に向かって歩きだした。




