第三十九話 思慮と熱さと
相変わらずシャスターはのんびりと馬で進んでいた。
すでに日は昇っている。
シャスターは昨晩フーゴたちと別れた後、細い道を通り迂回して王都に向かうことにした。街道だと進軍してくるラウス軍に追いつかれてしまうからだ。
シャスターとしてはもう急ぐ必要はない。途中で野宿して睡眠を取り、太陽が眩しくなってから起き上がると、再び馬を進めていた。
この道は王都バウムに続いている道の一つだ。ラウス軍が進軍している大きな街道としばらくの間平行に道が続き、王都直前で交差する。
シャスターは今日にでも始まるであろう国王軍とラウス軍の戦いを見物しようとしていた。自分も関わった国の未来を決める戦いだ。どちらが勝つにしろ、見届けようと思っていた。
そして、両軍が戦う場所がこの先に広がっている平原になる……というのが、シャスターが朝遅くまで寝ている間、王都までの街道の地形をずっと駆けまわりながら調べた星華の予測だった。
「さすが、星華!」
シャスターは星華を褒め称えた。
星華の調べで、国王軍も東領土に向けて進軍していることが分かった。しかも国王軍は大軍での攻勢に出た。
両軍がぶつかるのがこの平原だ。
「国王軍も撃って出るか」
シャスターは国王軍が東領土に進軍するシナリオも考えていた。しかし、さすがに八千もの大軍だとは思ってもいなかった。東領土内の戦力を各個撃破する程度なら、千人程度でも充分だからだ。
それが八千とは、それだけ国王軍の本気度がうかがえる。
もちろん最悪な意味でだ。八千もの兵数は東領土の町や村を徹底的に蹂躙するためでだろう。
時刻を確認すると、すでに十一時を過ぎていた。
「エルマ隊長たちもすでに進軍しているだろうね」
エルマ、マルバスの西領土混成軍も十時に王領に進軍を決めていたからだ。
しかし、ここからだと流石に状況が分からない。
「あの二人のことだ、問題なく進軍しているよ」
シャスターは問題無しと思っているが、星華は一つだけ気になることがあったので尋ねた。
「フーゴたち親衛隊は討伐されたのでしょうか?」
「ああ、それは間違いない」
シャスターは断言した。
「それに、おそらく親衛隊を討伐したのは領民たちだよ」
「領民ですか?」
星華は一瞬、シャスターの言葉の意味が分からなかったが、頭の回転の速い彼女はすぐにその理由を理解した。
「それでエルマにわざわざあのようなことを頼んだのですね」
昨夜、シャスターはエルマにこう頼んだのだ。
傭兵たちがサゲンに集合した後、フーゴたち親衛隊もサゲンに来るはずなので、ついでに倒しておいてくれないかと。
それを聞いたエルマは怪訝そうに、ラウス様を追って東領土付近にいる親衛隊がなぜサゲンに来るのか。
それに親衛隊を倒すのなら、昨日ウルがフーゴたちを殺そうとした時にそのまま殺させれば簡単に済んだはずだ。
と、二つの疑問を口に出したのだ。
しかし、ラウスに「シャスター殿を信じろ」と言われ、さらに時間がなかったこともあり、そのまま理由を聞けず一番近い町に向かうことになった。
そんなエルマが反乱を起こす町に着いたらどうするのか。
まずはその町の傭兵たちに反乱を行わなくなったことを話す。傭兵たちと騎士団だけで王領を目指すことも話す。さらには集合場所のサゲンでフーゴたち親衛隊を討伐することも話すだろう。
そして、それを各町で反乱を準備している皆に伝える為、町の傭兵たちが分かれて、各町の町長や傭兵たちに事情を話しに向かうはずだ。
そこでだ。
事情を聞いた各町の町長たちはどう思うか。反乱が中止になって残念と思うと同時に、親衛隊の話を聞いて一緒に戦いたいと申し出るはずだ。
なぜなら仇であるフーゴたちに復讐できるチャンスだからだ。今まで苦しんできた、悲しんできた、そして何より絶望してきた根源を倒せるまたとない機会なのだ。
そんな領民たちの申し出を傭兵たちは無下にはできない。ついて来れる者だけでもサゲンに同行させるはずだ。
「俺がフーゴたち親衛隊を倒すのは簡単だけどさ」
シャスターならいつでも親衛隊を倒せた。
エルマが疑問に思ったように、昨日のウルを倒した後など良い機会だったはずだ。そのことは星華も不思議に思っていたのだが。
「フローレの話を聞いたら、親衛隊を倒すのは西領土の領民たちだと思ってね」
シャスターはあの時、領民たちに親衛隊を討伐させる計画を考えていたのだ。
フローレが婚約者を殺された話をした時に。
そして、フーゴからの贈り物である貴金属を身につけようと決意したあの時に。
そしてシャスターはすぐに計画を実行した。
ラウスの反乱計画をデニムに話せば、親衛隊を王領に連れていくことは簡単だ。
そして、国王の前でラウスの反乱を暴き、逃げ出したラウスを親衛隊に追わせれば、エルマも勝手に追いかけてくる。
その間にシャスターはラウスを見つけて東領土に逃がす。さらに親衛隊には嘘の情報でサゲンへ向かわせる。
そのことをエルマに話し、反乱撤回の件と一緒に親衛隊のことを領民たちに知らせれば、復讐に燃えた領民たちはサゲンに向かう。
「そこまでお膳立てすれば、あとはエルマ隊長が勝手に動いてくれると思ったのさ」
ニコッと笑う少年を見て星華は驚きを禁じ得なかった。この短期間の間に情報を収集し、分析し、予測し、ここまでの計画を実行させるのは並大抵なことではない。
そして、フローレの件から分かるようにシャスターは誰よりも熱い気持ちを持っている少年なのだ。
いつも軽い口調で話しているため誤解されやすいが。
「さすがシャスター様です」
自分はこの敬愛するマスターのために、出来るだけ正確な情報を提供して、精密な手足として動くだけだ。
そう改めて心に誓った星華だった。




