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第五十六話 二人の男

「物陰に隠れていました」


「ありがとう、星華」


 シャスターは冷めた目で、星華に取り押さえられている二人の男を見つめた。


「彼らは?」


 尋ねたエルシーネだったが、正体はすでに分かっている。二人の男とも真っ白な肌で目が赤い。

 確認の意味で尋ねたのだ。



「今回、俺たちを襲撃した吸血鬼(ヴァンパイア)だよ」


 抑揚のないシャスターの声はエルシーネをゾッとさせた。しかし、吸血鬼(ヴァンパイア)たちにはそんなことは分からない。


「お前たち、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」


下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアを倒したぐらいでいい気になるな。その程度では俺たちには敵わぬ。貴様たちは皆殺しだ!」


 星華が押さえつけていた手を離したため、身体が自由になった二人はすかさず後方に跳び離れると、シャスターたちを睨みつけながら叫んだ。



 二人はノルトとブランだった。

 青年の前で言い争いをしていた二人だったが、青年の命令で冥々の大地へやって来たダーヴィス将軍たち一行を殺す準備をしていたのだ。

 吸血狼(ヴァンパイア・ウルフ)吸血蝙蝠(ヴァンパイア・バット)を操り、人間たちを下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアにしたのは彼らだった。


 しかし、その魔物の大軍がたった数人に全滅させられてしまった。しかも森に隠れて指揮していた自分たちまでもが見つかってしまうとは……。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の二人は、エースライン帝国の実力を過小評価していたことを思い知らされた。


 ただし、それでも二人は全く悲観的ではない。それどころか、余裕さえ感じられた。

 自分たちは人間よりもずっと上位種である吸血鬼(ヴァンパイア)だ。ダーヴィス将軍たちがいかに強くても、不死で強靭な肉体を持つ自分たちを殺すことは出来ない。

 先ほどは不意を突かれて取り押さえられてしまったが、たかが人間だ。自分たちが本気を出せば、こいつらを殺すことなど造作もない。



「さて、俺たちの本当の力を見せてあげよう。お前たちは泣き叫んで許しを乞うことになるだろう。まぁ、嘆願されても殺すがな」


 ノルトが高らかに笑うが、相変わらずシャスターの表情は冷たいままだ。


「うるさいな。少し黙れ」


 シャスターは指先に小さな炎を宿すと、ノルトに向けて弾き飛ばす。

 しかし、ノルトは避けることさえもしなかった。豆粒ほどの小さな炎の魔法だ、当たったところで、大してダメージを受けることはないからだ。


「ふん、馬鹿か。その程度の魔法……」


 嘲笑したノルトだったが、最後まで言葉を続けられなかった。

 右手に当たった炎が急に大きく燃えだしたのだ。

 小さな炎と侮っていたノルトは慌てた。しかも、いくら消そうとしても消えない。それどころか、炎は右腕全体に広がっていく。


「ど、どういうことだ!? 俺の右腕が燃えている!」


「ノルト!」


 直後、ノルトの燃えている右腕が斬り落とされた。剣で斬ったのはブランだった。


「ブラン、すまない」


 斬られた腕の根元を左手で押さえながら、ノルトはわざとらしく苦笑いした。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の不死の理由の一つは肉体の高い再生能力だった。斬られた腕も時間と共に再び生えてくるのだ。


「ふん、俺たちは不死の吸血鬼(ヴァンパイア)だ。腕などすぐに戻る。お前の魔法など意味がない」


 落ち着きを取り戻したノルトは、今までの慌てようを払拭するかのように笑う。


「ほら見ろ。出血も止まり、腕が元に……ん!?」


 そこでノルトの言葉が止まった。

 出血も止まらず、腕も再生してこないことに気付いたからだ。


「な、なぜだ!?」


 またしてもノルトは慌てふためく。同様に腕を斬ったブランも驚いている。


「ち、血が止まらないぞ、ブラン!」


「お、俺にも、訳が分からぬ」


 二人とも何が起きているのか理解できずに狼狽している。


 そんな彼らに非情な宣告が下された。



「お前の腕はもう再生することはない」


 シャスターがつまらなそうに言い放ったからだ。


「その炎は聖なる炎(ヘスティア)、アンデッドに効果のある聖火を纏わせた火炎系魔法だ。不死の吸血鬼(ヴァンパイア)でも殺すことができる」


「そ、そんな……馬鹿な……」


「さて、次は左腕か?」


 シャスターが再び放った聖なる炎(ヘスティア)が、今度はノルトのもう片方の腕を燃やす。


「ひぃー!」


 ノルトの左腕は激しく燃え始めた。

 しかし、今度はブランは剣で斬ることを躊躇している。斬ってしまえば、ノルトの腕はもう二度と再生をしないからだ。

 ブランは真っ白い顔から汗を吹き出して、どうしたら良いのか迷っている。


「ど、ど、どうすれば良いだ? ノルトよ」


 しかし、その間にも腕から肩にかけて炎が燃え広がっている。このまま斬らなければ、身体中が炎で燃えてしまう。


「き、斬ってくれ。燃えて死ぬよりはマシだ!」


「わ、分かった」


 ブランがノルトの左腕を斬る。

 これでノルトは両腕を失った。



 先ほどまで自信満々でシャスターたちを見下していた男がウソのように怯えている。


「お、お願いだ、殺さないでくれ!」


 地面に倒れ込むように頭を擦り付けノルトは慈悲を乞うが、シャスターの表情は変わらない。


「同じように、リザードマンも人間も命乞いをしたはずだ。でも、お前たちは殺した」


「あ、あれは、俺の本心じゃない! 子爵の命令でやっただけだ」


「子爵?」


「そうだ。城に住んでいる千年の吸血鬼サウザンド・ヴァンパイア、純血種だ」


 悲痛な表情でノルトは叫んだ。



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