第五十五話 躊躇
「烈火爆発」
シャスターの詠唱に合わせるかのように、突然巨大な炎が野原の周囲に現れた。直後、炎は荒れ狂いながら野原周囲をリング状に焼き尽くす。
それはまるで巨大な炎の大蛇が円状に這いずり回り、最後に自らの尾を咥えたような光景だった。その大蛇が暴れる都度、下級吸血鬼が次々と炎に飲み込まれていく。
「ぎゃー!」
「ひぃー!」
「助けてー!」
下級吸血鬼たちは絶叫を上げながら炎の中へと消えていく。
吸血狼や吸血蝙蝠と違い、元人間であった下級吸血鬼は人の声で苦痛を叫んでいる。
その光景はまさに地獄絵図のような有様だった。
「ごめん」
誰にも聞こえない小さな声で呟いたシャスターが、パチンと指を鳴らす。
すると次の瞬間、凄まじい勢いで燃えていた炎が一瞬で消えた。
炎が消えた跡には何も残っていない。百人以上もいた下級吸血鬼は跡形もなく消えてしまった。
エルシーネたちは呆然とするしかなかった。
シャスターの放った火炎系魔法は、先ほど吸血狼や吸血蝙蝠を一瞬で倒した地獄の業火同様、凄まじい威力だった。
さすがは伝説のイオ魔法学院の後継者というべきか。
しかし、三人が呆然としたのは魔法の凄さだけではない。
シャスターだけに嫌な役を背負わせてしまったからだ。
下級吸血鬼は人間を襲う魔物だとしても、元々は普通の人間だ。そのため、下級吸血鬼は倒すべき魔物だと頭では分かっていても実際戦うとなると嫌なものだ。
そんな魔物討伐をシャスターはひとりで引き受けてくれたのだ。
三人とも感謝しつつも、申し訳ない気持ちになる。
「シャスターくん、ありがとう。そして、ごめんね」
「ん、なにが?」
「全部ひとりで任せてしまったこと」
「……あぁ、そのことか」
シャスターは軽く笑う。
「元は人間でも今は魔物だからね。彼らを殺すしかない。だったら時間も無駄になるし、さっさとやった方がいいからね」
嘘だ、エルシーネは直感で分かった。
シャスターも下級吸血鬼にされた無実な人々を殺したことが辛いのだ。そして、このような非道を行った吸血鬼に対して怒りを感じていた。
それが証拠に、シャスターの顔は笑っているが声は氷のように冷たい。今朝、本気でシャスターが怒っていた時と同じだ。
そのことが分かったエルシーネが、どう声を掛けて良いか迷っていたところに、ひとつの影が現れた。
星華だ。
しかし、ひとりではない。
星華の左右には彼女に首を掴まれて身動きができない二人の男が強制的に地面に頭を垂れさせられていた。




