第五十四話 元人間たち
「下級吸血鬼って、たしか……」
エルシーネは腕を組み、思い出すかのような仕草をした。
帝国会議の時、クラム大神官長が説明していたはずだ。確か吸血鬼の血を分け与えられた者たちのことだったが、詳細までは聞いていなかった。
「吸血鬼は牙を刺して人間の血を吸いますが、その時逆に吸血鬼の血を少しだけ人間の体内に入れると、その人間は吸血鬼の操り人形、つまり下級吸血鬼になってしまうのです」
レーゼンは苦々しく答えた。
下級吸血鬼には吸血鬼とは違い、不死でもなく空を飛ぶ能力もない。しかし、それでも普通の人間よりも格段に強い肉体を持っている。
さらに吸血鬼の忠実なシモベとなってしまってはいるが、元々は人間だ。人間としての多少の感情や意識が残っている。
「嫌な戦いになりますな」
「そうね」
ダーヴィスとエルシーネは武器を構えた。
目の前の者たちはもう人間ではない、魔物なのだ。人間の時の意識が多少残っているとしても、人間を襲うことを躊躇わない魔物なのだ。
嫌な戦いだとしても、戦って倒すしかない。
それが彼らの魂を解放する唯一の手段なのだ。
「おそらく下級吸血鬼たちは、冥々の大地南西部にある他の村の人間たちでしょう。人間の村は、昨夜全滅していた村の他に二つあります。しかし、ここからかなり離れていますし、我々の通り道ではなかったので安心だと思っていたのですが……」
ダーヴィス将軍が悔やむ表情をするが、たとえ昨夜に二つの村が襲われることを知っていたとしても、それを防ぐ方法はなく、何もできなかったはずだ。
そんなダーヴィス将軍に「知らなくて良かったのよ」とは口に出さずに、エルシーネは吸血鬼に詳しい女性に視線を向けた。
「元人間を殺させることで私たちに精神的なダメージを与えるのが目的? それとも単なる嫌がらせかしら?」
「嫌がらせなんかで、罪のない大勢の人間を下級吸血鬼にするなんて、絶対に許せません!」
レーゼンは怒っていた。
レーゼンにとって、人々が無惨に殺されたり、吸血鬼化されたりすることは絶対に許せなかった。悪しきアンデッドの代表格である吸血鬼は必ず滅ぼさなくてはならない。
しかし、それよりもまずは目の前の下級吸血鬼たちだ。かわいそうに、吸血鬼に噛みつかれて無理やり下級吸血鬼にされた挙句、心を支配されて吸血鬼の操り人形になるとは。
「私が彼らを天に還します」
レーゼンも剣を構える。
ダーヴィス、エルシーネ、レーゼンの三人が戦闘態勢に入った。襲ってきたら、すぐに戦える態勢だ。
それに対し、下級吸血鬼たちも攻撃のタイミングをはかっていた。
吸血狼と吸血蝙蝠を容易に倒した強者たちだ。一斉に攻撃を仕掛けて人海戦術で戦うしかないと考えていた。
互いに一触即発の状態のまま、しばらく沈黙が続く。
しかし、その沈黙を破ったのは、三人の会話に口を挟まずにずっと聞いていた魔法使い。
シャスターだった。




