第四十八話 後継者の怒り
「ちょ、ちょっと待って! シャスターくん」
慌ててエルシーネがシャスターを引き留める。
「シャスターくんの言い分も分かるわ。それでもやはり、昼間のうちに行くほうがいいと思う」
「なんで?」
「夜に着けば、そこはもう彼らの独壇場よ。いきなり襲ってこられたら、交渉なんてやっている余裕はないかもしれないのよ」
そもそも冥々の大地に来たのは、昨夜の村の襲撃事件で吸血鬼を弾劾するためではない。
本来の目的は魔物の王化や知死者の襲撃を吸血鬼が行ったかどうかを調査するためだ。ダーヴィス将軍が定期交渉を行なっている間、他の者たちが調べる手筈になっている。
もちろん、吸血鬼が挑発してきたということは、交渉は決裂する可能性が非常に高い。その時は吸血鬼が自ら犯人だと認めたということになるのだが、そうなれば当然吸血鬼はこちらを襲ってくるだろう。しかし、こちらは迂闊に手が出せない。
だからこそ、彼らに行動制限が掛かる昼間にたどり着く方が良いのだ。
エルシーネはそう考えていたのだが、シャスターは一蹴する。
「襲ってきても構わないさ」
「えっ!?」
驚くエルシーネにシャスターは言葉を続ける。
「確かにみんなが言うとおり、吸血鬼たちが冥々の大地で何をしようが勝手だ。冷たい言い方をすれば、吸血鬼が人間やリザードマンを殺そうが俺たちが口を挟む問題ではない。生殺与奪の権利は支配者である彼らにあるからね」
「そうよ、だから……」
「しかし、村人たちが殺された理由が俺たちのせいならば話は別だ。俺たちは人間とリザードマンの村で起きた事件の責任を取らなくてならない」
エルシーネの言葉を遮ってシャスターは断言した。
そんなシャスターの強い気持ちを聞いて、レーゼンの瞳が輝く。彼女の心の中に無理やり閉じこめていたジレンマ……悪逆非道な吸血鬼を倒したいのだが、政治的配慮で倒すことができない……その葛藤をシャスターが解放してくれたからだ。
「しかし、そんなことをしたら不可侵条約が……」
「関係ないさ」
さらなるエルシーネの反論もシャスターが抑え込む。
「俺はシャード皇帝に、このパーティーのリーダーを任せられているからね。俺の好きなように行動していい許可を貰っている」
確かにその通りだった。シャスターは皇帝から現地での行動は一任されており、さらに全責任は皇帝が負うゆえ、好きなように行動して良いとまでお墨付きを貰っているのだ。
それは、その場にいたエルシーネもダーヴィス将軍もシャード皇帝から直接聞いた言葉だった。
「だから、俺の判断でここを出発するのは夕方にする。みんなも昨夜はあまり寝ていないでしょ? それまでゆっくり休むように」
シャスターは足を止めていた階段を上っていこうとする。
「でも、どうやって交渉するつもりなの?」
「交渉?」
背中越しに声を掛けたエルシーネに、シャスターは振り向くこともせずに答える。
「ダーヴィス将軍には悪いけど、交渉なんて面倒なことはしないよ。吸血鬼は一人残らず消し去る」
「えっ!?」
「帝国や皇帝には迷惑を掛けない。吸血鬼殲滅はイオ魔法学院の後継者の名において実行する」
いつも何事も軽く考えていると思っていたシャスターが本気で怒っているのだ。
その事実を知ったエルシーネ、ダーヴィス将軍、レーゼンの三人は、彼が階段の奥へ消えた後もしばらくの間、階段を見つめながら唖然としていた。




