第四十七話 吸血鬼の住処
「ここから吸血鬼の住処まで半日です。今から向かえば、陽が落ちる前に到着できるでしょう」
朝食を食べ終えたところで、ダーヴィス将軍がこれからの行程の説明を始めた。
元々は三日掛けて吸血鬼の住処に着く予定であったが、一日目の昨夜に強行して走った為、二日で到着することになる。
それもこれも、リザードマンの村と人間の村が襲われて全滅していたからだ。
そして、襲った犯人は吸血鬼でほぼ確定している。
ダーヴィス将軍が陽の出ているうちに着きたい理由は、ここにいる全員が理解できていた。
夜は吸血鬼にとって自由に活動ができる時間帯だ。逆に昼間は行動に制限がかかるからだ。
「皆さんにお願いがあります。住処に着いても冷静な態度でいて頂きたいのです」
「そうね、忌々しい限りだけど」
エルシーネはダーヴィス将軍に要望に賛同の意を表した。
いくら挑発を受けているとはいえ、冥々の大地では自分たちは部外者だ。主導権は冥々の大地南西部を支配している吸血鬼たちにある。
罪のない人間やリザードマンを殺されたとしても、それは彼らの支配地域内で行われたこと。つまり、それを口実にこちら側から戦いを仕掛ければ、エースライン帝国が不可侵条約を犯してしまうことになる。
冥々の大地は近隣諸国が干渉できない非武装地帯となっているため、政治的判断が極めて難しい状況なのだ。
だからこそ、正確な判断材料を得るためにも、吸血鬼が動けない昼間の内に、彼らの住処に辿り着くことが肝心なのだ。
「まずは吸血鬼の住処に急ぐことですね」
レーゼンも同調した。
ファルス神教騎士団、副騎士団長のレーゼンにとって、昨夜の吸血鬼の行為は到底許せるものではない。ファルス神教の教えでもアンデッドは邪悪な存在とされていて滅ぼすべき敵なのだ。
しかし、現在の自分たちの置かれた状況も理解している。
昨夜は悲しみと共に、吸血鬼に対して怒りの感情が湧いていたが、今はそれを心の中に押し込めていた。
何にせよ、まずは吸血鬼のもとへ向かうことが至急だ。
そんな三人の意見を聞いたシャスターだったが、まだ眠たいようで大きなあくびをする。
「ちょっと、シャスターくん!」
エルシーネが嗜めるが、シャスターは全く意に介しない。
「まだ眠いからさ、もう少し寝ることにしない? 出発は夕方でいいよ」
「はぁ!?」
エルシーネが呆れ顔でティーカップを置いた。
「私たちの話を聞いていた? 吸血鬼が動けない昼間の内に着くことが重要なの!」
「それで、昼間に住処に着いたらどうするの? エルシーネは吸血鬼の住処がどういう所だか知っているの?」
「それは……」
エルシーネは答えられず、ダーヴィス将軍に答えを求めた。
「吸血鬼の住処は深い森に囲まれた石造の小さな城です。我々が造ったのもではなく、遥か昔からある廃墟化した古城を使っています」
「深い森に囲まれていて石造ということは、城の中は昼間でも暗いんじゃない?」
「そのとおりです」
ダーヴィス将軍はシャスターの意図することが分かった。
昼間でも暗い城の中ならば、吸血鬼は自由に動けるのだ。
「つまり、昼だろうと夜だろうと城の中にいる吸血鬼には関係ないということでしょ? それなら尚更、私たちが動きやすい昼間の内に着く方が良いじゃない!」
「そうではないのです。エルシーネ皇女殿下」
ダーヴィス将軍は昼間の方が危険な理由を話し始めた。
吸血鬼の弱点は太陽の光だということは周知の事実だ。ということは、昼間は敵が襲ってくることを想定して、用意周到に防御策を行なっているはずなのだ。
「我々の城でも昼間よりも夜の警備の方が手厚いのと同じ理由です。まして、太陽の光で消滅してしまう吸血鬼です。昼間には万全な対策をしていることでしょう」
「ダーヴィス将軍の言うとおり。逆に夜に着く方が吸血鬼たちに隙が生まれやすいというわけ。それじゃ俺はもう少し寝るから」
シャスターはもう一度大きなあくびをすると、眠そうな表情のまま二階へと上っていった。




