第四十四話 カリンの修行2
「聖騎士様が、なぜ……ここに?」
カリンは状況が理解できていない。
この館は、一般神官と神官見習いの宿舎だ。しかし、マレードはファルス神教の聖騎士だと名乗っている。
もしかして、聖騎士も一般神官たちと一緒にここで暮らしているのか。
いや、それはない。騎士と神官の両方の能力を持つ聖騎士は騎士の中でも上級職業だ。そんな聖騎士が一般神官や神官見習いと同じ部屋で暮らすはずがない。
カリンは困惑の表情を浮かべたままだ。
そんなカリンを不思議そうに見つめていたマレードだったが、暫くしてその理由に気付いた。
「まさか!?」
カリンとは違った意味でマレードも困惑した。
「クラム大神官長、カリンに伝えておられないのですか?」
「ええ。カリンさんが貴女と会ってから話そうと思っていたの」
クラム大神官長は悪戯っ子のように微笑む。
「クラム大神官長! ファルス神教の祝福者がマレード様とどう関わるのかぐらいは、先に伝えておいて頂かないと、このような状況になってしまいます!」
ザーラ神官長の軽い非難にも、クラム大神官長は笑ったままだ。
「でも、カリンさんの面白いリアクションが見れて、良かったでしょ?」
「ハァ……」
「困ったお人だ」とは声に出すわけにもいかず、ザーラ神官長とマレードはもう一度ため息をついた。
しかし、一番戸惑っているのはカリンだ。
どうやら自分はクラム大神官長のイタズラの的にされたらしい。でも、クラム大神官長がそんなことを本当にするのだろうか。
カリンはなかなか信じられなかったが、ザーラ神官長とマレードのあきれ顔を見ていると、やはり本当のようだ。
カリンはクラム大神官長の人物像を修正しなければならなくなった。母性溢れる優しくて穏やかなイメージは変わっていない。しかし、そこに無邪気な悪戯っ子という茶目っ気が追加された。
「カリンさん、ごめんなさい。少し遊び過ぎてしまったようですね」
クラム大神官長は頭を軽く下げたが、その表情には笑みが浮かんでいる。
今朝の帝国会議の時とは全く違う顔だ。
あの時はもっと固い感じだったのだが……おそらく、今の方が本当のクラム大神官長なのだろう。こっちの大神官長の方が親しみが持てるが。
「許してくれますか?」
「はい」
と言うしか、カリンに選択肢はない。
「クラム大神官長、ファルス神教の祝福者にお話を!」
その後、ザーラ神官長に急かされて、やっとクラム大神官長は説明を始めた。
カリンは「五芒星の後継者」の一人であるシャスター・イオから必ず守るようにと託されている大切な存在だ。もちろん、ファルス神教帝都本部にとっても、カリンはファルス神教の祝福者という特別な存在だ。
カリンは既に神官たちの間でファルス神教の祝福者と呼ばれていて大きな噂になっている。しかし、呼び名の本当の意味を知る者はごく少数だ。なぜなら、カリンが十二神全てと契約できたことは一部の者にしか知らされていないからだ。
それほど特別な存在のカリンであるが、帝都エースヒルの、しかもファルス神教帝都本部内であれば、カリンの身の安全は保障されている。危険が及ぶ心配もない。
ただし、万が一ということもある。
そこで、シャスターからカリンを託された二人……エーレヴィン皇子とクラム大神官長はどうするか話し合った。
当初、皇区を守る部隊を派遣してカリンを守ることをエーレヴィン皇子は提案したが、カリンが日常暮らす場所はファルス神教帝都本部だ。
帝国軍が敷地内に入ることに難色を示したクラム大神官長との妥協案として、帝国軍に匹敵する独立した軍隊、ファルス神教騎士団の精鋭を護衛につけることになったのだ。
「マレードさんは、ファルス神教騎士団で、騎士団長、そして先程のレーゼン副騎士団長に次ぐ、ナンバー3。第一分団長なのですよ」
「えっ!? そんなにも、凄い方なの……ですか」
思わず漏れた言葉にカリンは慌てて口を押さえた。失礼なことを言ってしまったからだ。
「マレードさ……マレード、ごめんなさい」
「あははは。気にすることはない。よく、見た目とのギャップが大きいと言われるからな」
確かにその通りだ。マレードのオレンジ色の長い髪は丁寧に手入れをされていて、光に当たってキラキラと輝いている。華奢な身体つきも到底騎士には見えない。豪華なドレスが似合う、そんな貴婦人のような女性なのだ。
しかし、話をしてみると、その印象は全く違った。
しかも、ファルス神教騎士団のナンバー3ということは、聖騎士としてとてつもない実力者なのだろう。
ファルス神教騎士団は全員が神聖魔法を扱える神官であるのと同時に、騎士としての訓練を受けている聖騎士だ。
剣で戦いながら神聖魔法も使うことができる強力なエリート騎士団がファルス神教騎士団であり、そのナンバー3がマレードなのだ。
「マレードさんがカリンさんを四六時中守ってくれます」
だから相部屋なのか。カリンはやっと合点がいった。
「私のために……マレード、ありがとう!」
「礼を言う必要はない。私こそ、ファルス神教の祝福者の護衛につけて名誉だと思うし、感謝している」
マレードは屈託ない笑顔を見せた。




