第四十二話 逸る気持ち
「ダーヴィス将軍、次に襲われる村はどこですか?」
レーゼンがダーヴィス将軍に詰め寄る。第三、第四の犠牲の村を出すわけにはいかないからだ。
しかし、レーゼンとは対照的にダーヴィス将軍は既に落ち着きを取り戻していた。
「レーゼン殿、安心して欲しい。我々への挑発であれば、これ以上の犠牲は起こることはない」
「?」
「ここから先、吸血鬼の住処まで、村はないからだ」
挑発であれば、ダーヴィス将軍たちが通る道沿いと無関係な場所で、村を全滅させることはしないはずだ。
「それにだ」
ダーヴィス将軍はレーゼンに向き合った。
「レーゼン殿の気持ちも分かるが、冥々の大地はエースライン帝国の領土ではない。ここで何が起きても、我々が手出しすることはできないのだ」
酷な言い方ではあるが、ダーヴィス将軍の言うことは正しい。冥々の大地は、周辺国が干渉することができない地域だ。それはレーゼンにもよく分かる。
しかし、分かるからこそ、レーゼンとしては歯痒い。
もちろん、それはレーゼンだけではない。ダーヴィス将軍だって同じ気持ちなのだ。人間やリザードマンと友好関係であったダーヴィス将軍としては、彼らの突然の死に心が痛まないはずがない。
しかし、感情だけで勝手に動くことはできないのだ。
「もうこんな時間だ。ずっと走ってきたので、さすがに疲れた。今夜はもう寝よう」
炎で村を燃やした後、シャスターが提案をした。頭が煮詰まっていては今後の対策について何も浮かんでこない。
「そうね、考えるのは寝て起きてからにしましょう」
エルシーネも同調した。
魔法の家を出すと皆を招き入れる。そして、軽く食事をとってから二階の部屋に各自が入っていく。
こうして、様々な出来事が起きた冥々の大地の初日がやっと終わった。
「シャスターくん、起きなさい!」
部屋の外から聞こえるエルシーネの大声で、シャスターは目覚めた。寝室の窓から溢れる太陽の光で部屋中が眩しい。
時計を見るともう九時だ。とはいえ、寝たのが明け方の少し前だ。まだまだ眠い。
しかし、そんな惰眠をエルシーネは許さなかった。呼んでも起きてこないシャスターについに実力行使に出た。
寝室の扉を勢いよく開けると、ベッドの掛け布団を剥がしてシャスターを叩き起こす。
さらにそのままシャスターの襟首を引っ張りながら、エルシーネは一階に降りた。
「シャスター様……おはようございます」
シャスターの無残な姿を見て、ダーヴィス将軍がかろうじて口を開く。レーゼンは口を開けて唖然としたままだ。
それはそうだろう、最強と謳われる魔法学院の後継者が、襟首を掴まれながら引きずり下ろされてきたのだ。驚かないわけがない。
「おはよう、ダーヴィス将軍。ところで、これどう思う?」
「は、はぁ……」
ダーヴィス将軍が答えられるはずがない。七大雄国の一角エースライン帝国の皇女が、伝説のイオ魔法学院の後継者に対して驚くべき行動をしている。十輝将とはいえ、とやかく言えないのだ。
この点が生真面目なダーヴィス将軍と豪快なザン将軍の違いだろう。
「こんなにも野蛮な皇女なんて、エースライン帝国にとって大問題だよ」
「いいのよ。カリンちゃんがいれば同じことをしていたはずよ。私はカリンちゃんの代わりもしなくちゃいけないからね」
エルシーネはここにいない元気の良い少女を思い出して笑顔になった。今頃、新しい生活に戸惑いながらも、一生懸命修行に励んでいるはずだ。
「カリンの代わりか……」
シャスターは大きくため息をついた。
エルシーネの言うことはもっともだったからだ。確かにカリンであれば同じことをするだろう。いや、もっと酷かったはずだ。
それを想像して、観念したシャスターは渋々椅子に座る。
それから、ようやく朝食になった。




