第四十一話 邪悪な存在
ダーヴィス将軍は近くの家の扉を思いっきり開けた。
扉には鍵が掛かってはいない。不安を覚えながらも、ダーヴィス将軍は住民に向かって大声で叫ぶ。
「大丈夫か?」
しかし、返事はない。
代わりにダーヴィス将軍の目に飛び込んできたもの、それは床に倒れている死体だった。
「村の住民は全員殺されています」
四人の背後に、いつの間にか星華が立っていた。
先に着いた星華は既に村を全て調べていたのだ。
「死体五十六体のうち、一体の死体だけ血が抜き取られていました」
「星華、その死体の所まで案内してくれる?」
「はい」
星華は近くの家の中に入った。シャスターたちはその後を追う。
「ここです」
星華がベッドの上のシーツを取る。するとそこには女性の死体が横たわっていたが、全身が干からびている。
ダーヴィスは死体を抱え込むと首筋を確認した。
「首に二つの鋭い牙の痕……吸血鬼に間違いありません」
吸血鬼が食糧として人間を襲い血を飲んだのだ。
しかし、当然ながら大きな疑問が残る。今まで吸血鬼たちは、この村の人間たちから少量の血を貰い対価として金銀を渡していた。
奇妙ではあるが、血の交易が成り立っていたのだ。それが自ら良好な関係を壊してしまった。
これでは今後安定的に血を飲むことが出来なくなってしまうのではないか。
「本来の吸血鬼の本性に戻ったのでしょう」
怒りを堪えたレーゼンが断言した。
このパーティーの中でダーヴィス将軍以上に吸血鬼に詳しいのがファルス神教騎士団、副騎士団長のレーゼンだ。
不死のアンデッドと神々の加護を得ている神官はいわば対極にある。
その中でもレーゼンは幾度となくアンデッドとの戦いを経験していて、吸血鬼とも戦ったこともあった。クラム大神官長がシャスターたちにレーゼンを紹介した時、「吸血鬼に関しての知識は帝国一であり、私以上の知識の持ち主」だと太鼓判を押したほどだ。
そんなレーゼンにとって、吸血鬼は邪悪な存在以外なにものでもない。
吸血鬼は圧倒的な強さと狡猾さを併せ持つ最上位アンデッドだ。
だからこそ、人間と交易をしている吸血鬼の存在を聞いた時、「そんなことがあるのか?」と信じられなかったのだが、リザードマンと人間の村での惨状を見て、やはり冥々の大地の吸血鬼たちも邪悪なアンデッドに違いないとレーゼンは確信したのだ。
「ひとりだけ人間の生き血が吸われたということは、村を襲った吸血鬼はひとりと考えるべきです。吸血鬼は大人一人分の生き血を飲めば、満腹になるからです。他の村人たちの血は飲みきれないため、彼らの眷属である吸血蝙蝠に命じて殺したのでしょう」
他の村人たちの身体にはいくつもの小さな牙の痕があった。村人たちは吸血蝙蝠に襲われて殺されたのだ。
「かわいそうに……」
レーゼンは死者たちに気遣うかのように静かに村の外に出ると、祈りの言葉を捧げ始めた。
すると、リザードマンの時と同様、死体から無数の光の粒子が天に向かって昇っていく。彼らの魂は天に召されるはずだ。
ただし、レーゼンはこんなことをするために冥々の大地に来たわけではない。
平和に暮らしていた人間やリザードマンたちが無惨に殺されたのだ。吸血鬼の行為は決して許されるものではない。
レーゼンは平静を装ってはいるが、吸血鬼に対して大きな怒りが込み上げていた。




