第三十六話 レーゼンの実力
冥々の大地は樹々によってうっすらと暗いが、視界が遮られるほどではなかった。
南西部は深い森が広がっていると事前にダーヴィス将軍から聞いていたが、太陽の光が差し込む場所も多くあり、動植物も生き生きとしている。
死者の森とは大違いだとシャスターは感想を持った。
そんな森の中をシャスターたちパーティー一行は舗装された道を馬で歩き続けている。
「この舗装された道は吸血鬼の住処まで続いています」
技術力提供のひとつとして行った舗装作業のおかげで、エースライン帝国内の街道と同じようにラクに馬を進めることができる。
「それと同時に諜報活動もしていたのでしょ?」
エルシーネの皮肉にダーヴィス将軍は苦笑する。
「吸血鬼はそれも全て承知の上だと思いますよ。それを見越しての技術提供の受け入れだったのでしょう」
ダーヴィス将軍によれば、温和な吸血鬼たちは「我々が隠さなければならないものはない。それよりも舗装した道がある方が冥々の大地に住む種族にとっては有益だ」と考えているとのことだった。
「それに、冥々の大地に入った時点で吸血鬼たちは我々に気付いているはずです」
「それなら、あえて探索する必要はないね、星華?」
「はい」
星華は周辺を調査しようとしていた。しかし、吸血鬼が隠す必要もないのなら調査する必要もない。
それにシャスターたちはダーヴィス将軍の従者ということになっている。そこで星華だけが不審な動きをしていたら逆に怪しまれてしまう。
調査をするのは吸血鬼の住処に着いたその時まで待った方が良い。
「着くのは三日後です。焦らずに進んで行きましょう」
先頭を進むダーヴィス将軍が笑いながら後ろを振り返ったその時だった。
前方から地響きが聞こえ始めてきた。さらに音は大きくなり、大勢が走ってくる足音だと分かる。
そして、それはすぐに目の前に現れた。
道を覆い隠すほどの大群、アンデッドのスケルトンだった。百体はいるだろうか。カタカタと骨を鳴らしながらこちらを威嚇している。
「道中、このような魔物との遭遇も多々ありますので、お気をつけてください」
と言いながらも、ダーヴィス将軍はほとんど緊張していない。そして、それは同行者全員が同じであった。
「ここは私にお任せください」
レーゼンが背中の大斧を掴もうとしたダーヴィス将軍の前に立つ。
レーゼンはファルス神教騎士団の副騎士団長だ。ファルス神教騎士団は全員が聖騎士であり、武器を使う戦士スキルと神聖魔法の使い手の能力を両方身に付けている。
その中でもレーゼンの強さはエースライン帝国全土に響いており、実力は折り紙付きであるが、十輝将たちとは組織が違うため、エルシーネとダーヴィス将軍はその実力を直接見たことがなかった。もちろん、シャスターもだ。
「レーゼン副騎士団長、お願いします」
ダーヴィス将軍が数歩後ろに下がる。逆にレーゼンは馬から降りると数歩前に出た。すでにスケルトンたちとの距離は十メートルもない。
レーゼンはゆっくりと腰から剣を抜いた。その剣は普通の剣とは違い、柄から先が緩やかに婉曲している片手剣だった。
「ほぉ、三日月剣とは珍しい」
ダーヴィスが物珍しそうに目を見張る。大陸南方の砂漠地域でよく使われている剣だが、この辺りではあまり見かけない武器だった。
「参る!」
レーゼンが三日月剣を一閃する。その風圧だけで襲い掛かってきた十数体のスケルトンが崩れ落ちた。恐るべき斬撃だ。
しかし、その倒れたスケルトンの後方からも多数のスケルトンが跳び上がり、レーゼンに向かって襲い掛ってくる。
だが、レーゼンは全く慌てない。
「聖なる壁」
そう呟くと、レーゼンの前に光輝く円形状の壁が現れた。
跳びかかってきたスケルトンたちは光の壁を避けることができない。そのまま光の壁に衝突すると、まるで壁に吸い込まれるかのようにスケルトンが消えていく。
戦いは一方的であった。
たったの二撃で、すでに半数近くのスケルトンが消滅している。
残っているスケルトンたちはレーゼンの強さに驚愕したのだろう。一斉に逃げ出した。
しかし、レーゼンはわざわざ追いかけることはしない。ただ三日月剣を前方に向けて構えただけだ。
「三日月の輝き」
レーゼンは三日月剣を左から右に向かって水平に大きく一閃する。するとその斬撃に合わせて無数の光の粒子が前方に向かって水平上に放たれた。それはまるで三日月の形をした光の刃が高速で扇上に広がり続けているようだ。
そして光の刃は逃げているスケルトンたちの身体を水平に真っ二つに両断した。
それはほんの短い時間だったが、それだけで残り全てのスケルトンが消滅した。
最初の一撃から時間にして一分も掛からずに、圧倒的な強さを見せたレーゼンの戦いは終わった。




