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第三十四話 ゆっくりできない理由

 ダーヴィス将軍は軽く腕を組んだ。


「私としては何事もなくこれからも吸血鬼(ヴァンパイア)たちと友好な関係が続くことが一番良いことだと思っています。しかし、最悪の状況になった場合に備えておくことも私の責任だと思っています」


「そのとおりよ。そして今回、その最悪の状況になってしまったというわけね」


 エルシーネはため息をついたが、あまり悲観的ではない。どちらかと言えばトラブルを楽しんでいる感じだ。



「前回の訪問から半年、ちょうど良い機会です。吸血鬼(ヴァンパイア)たちへの定例訪問ということで冥々の大地に入ろうと考えています」


 その訪問団がダーヴィス将軍を筆頭にシャスター、エルシーネ、星華、そしてレーゼンということだ。


 ダーヴィスは大きな地図を広げた。今までの調査から冥々の大地の南西部に関しては、かなり分かっている。それがこの地図だ。


「森を切り開き舗装工事をしていますので、冥々の大地に入っても吸血鬼(ヴァンパイア)たちの住処までは馬で進むことが可能です」


 冥々の大地は深い森や荒野、山々が広がる場所だ。一応、大陸街道は通っているのだが、あまり意味を成していない。

 道なき道を進むことを覚悟していた一同だったか、舗装された道があることを知ってホッとした。


「ただし、舗装されている道とはいえ、冥々の大地は広大です。それに訪問団である以上、全速力で馬を走らせる訳にもいきません」


 ダーヴィス将軍の言いたいことは分かる。相手の領土内を全速力で駆ければ、吸血鬼(ヴァンパイア)に警戒心を抱かせてしまうからだ。



「通常ですと、吸血鬼(ヴァンパイア)の住処までは三日ほど掛かるでしょう」


「まぁ、そのくらいは仕方がないでしょうね」


 今回、ダーヴィス将軍以外の者は身分を隠しての同行だ。エルシーネもペガサスは使えない。


「着いた後、吸血鬼(ヴァンパイア)との交渉はいつも通りに私が行いますので、その間に情報収集をお願い致します」


「了解。ちなみにさ、南西部以外を地域を支配しているのって誰?」


「申し訳ありません。他の地域まではまだ情報を得ることができていません」


 シャスターの質問にダーヴィス将軍は頭を横に振った。

 多種族が暮らしている冥々の大地は周辺国からの不干渉地帯であり、他国は表立って活動することは出来ない。

 情報収集が得意なダーヴィス将軍であっても、さすがに南西部以外の地域については調べられていなかった。

 

「南西部以外の地域は、どのような気候、風土なのかも分かっておりません」


 冥々の大地は地理的に五つに分けられているが、南西部は北に山脈が連なり東に大河が流れているため、隣の地域でさえ分からないのだ。


「まぁ、今回は南西部に行くわけだから、他の地域は関係ないからね」


 シャスターは紅茶を飲む手を置いて立ち上がった。


「それじゃ、そろそろ冥々の大地へ行こうか」



「今すぐにですか?」


 ダーヴィス将軍が慌てる。あまりにも出発するのが早すぎるからだ。


「昨夜クーゼンにお着きになったばかりで、まだペガサスで飛び続けた疲れも取れていないのではないでしょうか? 今日ぐらいはクーゼンでゆっくりなさっては……」


「そんな余裕がなくなってしまったのよ、ダーヴィス将軍」


 エルシーネが苦虫を噛んだような表情をする。

 エルシーネとしてもせっかく遠く離れた北東の国境まで来たのだ。巨大都市クーゼンで少しだけ羽を伸ばしたいと思っていたが、残念ながらそれどころではなくなってしまったのだ。


 「全てはあの()のせいで……」


 エルシーネは誰にも聞こえない声で呟くと、皇女らしからぬ舌打ちをした。


 その態度を見て、ただならぬことが起きているとダーヴィス将軍は確信した。

 そして、そのことはクーゼンに来るのに数日間も掛かる馬ではなく、ペガサスを使って高速で飛行してきたこととも関係しているのだろう。理由は分からないが、時間との勝負だということは確かだ。

 さらにダーヴィス将軍が智将たる所以は、わざわざその理由を聞かないことだ。


「分かりました。それではすぐに出発をしましょう」


 ダーヴィス将軍は部下を呼び、人数分の駿馬と食料などを用意するよう指示した。察しの良さと手際の良さには、エルシーネでさえ文句の付けようがなかった。




 ダーヴィス将軍が急いで準備している間に、エルシーネは城のバルコニーで休んでいる二頭のペガサスに会いに向かった。


 「しばらく会えないけど、良い子にしているのよ」


 ペガサスは甘えるようにエルシーネの身体に頭を擦り付けてくる。ペガサスはエルシーネの言っていることの意味が分かっているのだ。


 そんなペガサスから名残惜しそうに離れたエルシーネは、ダーヴィス将軍の部下に声をかける。

 

「今日一日はゆっくり休ませてあげてね。その後は勝手に飛び立って帝都に帰るから」


「勝手に……ですか?」


 部下たちは驚くが、知能が高いペガサスにとっては当たり前のことだった。


「さてと、それじゃ行ってくるね!」


 エルシーネはペガサスに手を振りながら、城の中に戻っていった。




 準備が全て整った後、一同は城を出て市街地へ、そしてクーゼンの門の外に出た。


「ここから冥々の大地との国境までおよそ一時間ほどです」


 彼らの前方には、冥々の大地の入口である森が広がっていた。



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