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第三十三話 エルシーネの賞賛

 翌朝、朝食の後に冥々の大地についての話し合いが行われた。まずはダーヴィス将軍が情報提供を行う。


「会議でお話ししたとおり、冥々の大地は地理的に五つに分かれています」


 冥々の大地は小国であれば幾つもの国々が収まるほど広大だ。そのため、地理的に北東、北西、南東、南西、中央部の五つに分けられている。そして、それぞれの地域を力ある者が支配していた。


「帝国と接している南西部は、吸血鬼(ヴァンパイア)が支配しております。ただ支配といっても緩いもので、吸血鬼(ヴァンパイア)は南西部に暮らす種族たちの代表であり、種族間の争いごとの調停役という側面が強いのです。また、魔物たちの討伐も時々行っているようです。吸血鬼(ヴァンパイア)はアンデッドですが、非常に穏やかで我々とも紳士協定を結んでおります」


 ここまでは帝国会議で聞いた内容と同じだった。ただ会議に参加していないレーゼンのためにダーヴィス将軍は最初から話したのだ。



「会議の時と同じことを聞くけど、そんな友好的な吸血鬼(ヴァンパイア)が、どうして魔物を(ロード)化させて帝国に侵攻してくるの?」


 エルシーネが紅茶のカップを手にしながら質問をする。

 まさに理解に苦しむ点はそこだった。ダーヴィス将軍の知っている吸血鬼(ヴァンパイア)と、帝国を襲わせている吸血鬼(ヴァンパイア)の様相が一致しないのだ。


吸血鬼(ヴァンパイア)に最後に会ったのはいつ?」


 さらにシャスターがダーヴィス将軍に質問をする。


「半年ほど前です。彼らに会うため年に数回、私自身が少数の者たちを引き連れて冥々の大地に行っています」


 特に事前の連絡無しにダーヴィス将軍は冥々の大地に入り、吸血鬼(ヴァンパイア)の住処に向かうのだが、常に彼らは住処で待っていた。

 おそらく吸血鬼(ヴァンパイア)たちは冥々の大地に入った者を察知できるのだろう。



「会って何を話すの?」


吸血鬼(ヴァンパイア)からは冥々の大地で起きた様々な出来事、我々は冥々の大地の外で起きている情勢……もちろん帝国内の機密情報に関しては話しておりませんが、それらの情報交換を行います」


「なるほどね」


「また、互いの交易についても取り決めを行っております。冥々の大地は資源の宝庫ですので、我々にとって有益な物を手に入れることができるのです」


「交易でダーヴィス将軍も血を提供しているの?」


「さすがに血を交易品にはしておりません」


 ダーヴィス将軍は苦笑した。

 昨日の帝国会議で、冥々の大地に住んでいる人間たちが吸血鬼(ヴァンパイア)に血を提供する見返りとして報酬を得ているという話をしていたので、シャスターが少し意地悪く尋ねたのだ。


「我々は主に技術力を提供しています。例えば、技術者を派遣して冥々の大地に建物を建てたり道路を舗装するなどです。吸血鬼(ヴァンパイア)に限らず冥々の大地南西部に住んでいる種族の多くは建築技術が苦手なようで非常に喜ばれています」


 任務地での十輝将の権限は皇族に次ぐ力を持っている。つまり将軍の意思によって、周辺地域と交易を行うことも交渉を行うことも、極端に言えば戦争をすることでさえ可能なのだ。


「我々にとって吸血鬼(ヴァンパイア)と交易を行うことは大きなメリットなのです」



 ダーヴィス将軍の説明を聞いてエルシーネは改めて感心した。

 常に背中に巨大戦斧を背負っているダーヴィス将軍は、一見すると戦うことだけに重きを置く武人のように見える。もちろんエースライン帝国十輝将のひとりだ、武人としても頂点を極めてはいるが、それと同等に智略型の将軍でもあった。

 吸血鬼(ヴァンパイア)と紳士協定を結んでいると帝国会議で聞いた時はかなり驚いたが、さらにここまで用意周到に吸血鬼(ヴァンパイア)と関係を築いていたとは。


「紳士協定が聞いて呆れるわ」


 エルシーネは褒めと嫌味が混在した表情を見せた。

 吸血鬼ヴァンパイアと交易を行うことは大きなメリットがあるとダーヴィス将軍は話したが、その言葉の意味には裏があることをエルシーネは見抜いていたのだ。


「建物を建てたり道を舗装したり……一見ただの技術力の提供に見えるけど、その本当の目的は技術者派遣を通じて、冥々の大地の地理や住んでいる種族たちの状況を調べているのでしょ? 万が一有事が起きた時にすぐに対処出来る様に」


「さすがはエルシーネ皇女殿下。そこまでお分かりとは感服致しました」


 エルシーネの指摘をダーヴィス将軍は素直に肯定した。


 笑顔で握手をしながら、後ろに隠したもう片方の手でナイフを握っている。ダーヴィス将軍の行っていることはそういうことだ。

 善良なフリをして吸血鬼ヴァンパイアを騙している行為だが、ダーヴィス将軍の行っていることはエースライン帝国にとって有益なことだ。

 それに、そもそも外交とはそういうものだ。



「ダーヴィス将軍は兄上同様、悪知恵が働くようね」


 エルシーネは彼女なりに最大限の賞賛を送った。



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