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第二十五話 旅立ち

 大粒の涙が流れ出すカリンを見て、エルシーネは慌てた。


「カリンちゃん、大丈夫だから」


 ハンカチでカリンの涙を拭う。しかし、優しくされたことでかえって、カリンの涙は止まらなくなってしまった。

 困ってしまったエルシーネはハンカチで拭うのを止めると、カリンを思いっきり抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫」


「あ、ありがとう……ございます。で、でも……」


 声を絞り出しながらもカリンの涙は止まらない。

 そんなカリンを見て不憫に思ったエルシーネは、会議の後に行われた魂眠の会合についての話を始めた。


「シャスターくんは最後までカリンちゃんがここに残って修行することに反対していたのよ。これからも一緒に旅をするって」


「えっ!?」


 驚きのあまり、カリンの涙が止まる。


「シャスターくんはね、『デーメルン神の信力に触れさせるなんて、カリンをそんな危険な目に合わせることはできない! 魂眠の解決策は他にもあるはず』と反対して、再び大陸を巡る旅に出て解決策を探し始めようとしたの。それを止めたのが私の兄とクラム大神官長なの」


 エーレヴィン皇子とクラム大神官長は、当てもない旅を続けるよりは少しでも可能性があるデーメルン神の信力を優先して欲しいと、シャスターに願い出た。

 さらに、カリンの修行の間はエースライン帝国が責任を持ってカリンの身の安全を保証するとエーレヴィンが約束をし、デーメルン神の信力を得る際にカリンの身が危なくなった時は大神官長自らが命をかけて助けるとクラム大神官長が約束をしたのだ。

 そんな二人がかりの説得でやっとシャスターはカリンとの旅を諦めたのだ。


「もちろん、カリンちゃんの意思を最優先にしてね。もし、カリンちゃんが修行を断れば、シャスターくんはまたカリンちゃんと一緒に旅に出るつもりだったの」


「……そうだったのですか」


「うん。でも、シャスターくんは、カリンちゃんが修行を優先することも分かっていたみたい。『カリンは人一倍責任感が強いから、少しでも可能性があるのなら危険を顧みないで挑むはず』だって。実際、その通りになったけどね」


 エルシーネが笑った。


「だから、素っ気ない別れ方はシャスターくんなりの優しさだと思うな」


「……」


「正直言えば、私はカリンちゃんが少し羨ましく感じた。だって、あんなにもシャスターくんはカリンちゃんのことを信頼しているんだよ。だから、カリンちゃんもシャスターくんを信じてあげて欲しいな」


 エルシーネの話を聞いて、カリンの脳裏にはベックスの宿屋に滞在した日のことが浮かんだ。あの時、シャスターの言葉がカリンにとってはとても嬉しかったのだ。

『口うるさいのは勘弁だけど、これからも一緒に旅してくれる方が嬉しいな』と。

 戦力外通知を受けた時は「あの言葉はすべてウソだったのだ」と思い、悲しい気持ちにもなったが、今なら分かる。シャスターは自分を必要とし信頼してくれているのだ。



(そうだ! 私もシャスターを信じている。これからもずっと)


 カリンは落ち込んで泣いていた自分が恥ずかしくなった。


「エルシーネ皇女殿下、ありがとうございます!」


 カリンは顔を上げると、思いっきり笑って見せた。


「うん。それじゃ、そろそろ私たちも行くわね。今度会える時を楽しみにしているから」


 エルシーネはカリンと固い握手を交わすと、レーゼン副騎士団長を伴って部屋から出て行った。



 エルシーネたちの後ろ姿を見ながら、カリンはまた涙を流した。

 しかし、今度の涙は悲しみの涙ではない、嬉し涙だ。


 自分はなんて多くの人々の優しさに包まれているのだろう。

 自分を守ってくれようとしているエーレヴィン皇子とクラム大神官長。

 泣いていた自分を慰めてくれたエルシーネ皇女殿下。

 無表情だが、いつも助けてくれる星華。

 今まで出会ってきた人々もみんな優しく接してくれていた。


 そして、自分の運命を変えてくれた、あの少年。



 しばらくして涙が止まったカリンは部屋から飛び出すとそのまま長い廊下を駆け出して、まだ開いたままの建物の門の前で立ち止まった。


「シャスター!」


 カリンは門番が驚くほどの大声で叫ぶ。

 門のずっと先をシャスターたちは歩いていたが、その声に三人は足を止める。エルシーネとレーゼンは振り向いたが、シャスターだけは振り向かない。でも、カリンにはそれで良かったのだ。


「次会ったら、私は凄いことになっているから! そして必ずフローレ姉さんを目覚めさせるから! だからあなたも早く戻って来なさい!」


 カリンの叫び声はシャスターの背中に届いたが、シャスターは右手を軽く上げるだけで振り向くことなく再び歩き始めた。



「シャスターくん、いいの? カリンちゃんに声を掛けてあげたら」


「いいの、いいの。分かっているから」


 エルシーネの勧めをやんわりと断りながらシャスターは歩みを続ける。その後ろをエルシーネとレーゼンが追いかけて行く。


 そんな三人をカリンはずっと眺めていた。



「さて、有言実行しなくちゃ! 帰ってきたシャスターに嫌味を言われないように」


 カリンは力強い足取りでクラム大神官長の部屋に戻って行った。



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