第二十一話 信力の奥へ &(ファルス神教解説)
自身の信力の深い意識の中で、神々の信力を感じていたカリンは、あることに気付いた。
信力の領域はまだ奥まで続いていたのだ。
(この先には何があるのだろう?)
カリンはもう一度ゆっくりと信力に意識を注ぐ。そして幾つもの温度や色彩の信力を超えて、さらに深く深く奥まで沈んだ時、それはあった。
まるで凍りついてしまうような冷たさで、全てを吸収するかのように真っ暗な闇。
(なに? これも信力なの!?)
次の瞬間、カリンの全ての感覚が危険信号を発した。
闇がカリンの意識を強引に奥底に引き寄せ始めたからだ。
(や、やばい、逃げないと!)
巨大な闇に飲み込まれたら終わりだ。直感的にそう悟ったカリンは急いで信力の底から意識を上げていく。
しかし、引き寄せる闇の力の方が圧倒に強い。がむしゃらにもがくカリンだったが、徐々に引き込められていく。
(このままでは……)
絶望感が脳裏を横切った時、意識の中のカリンの目の前に突然手が差し伸べられた。必死になってその手を掴んだカリンは次の瞬間、信力の深層から抜け出していた。
「カリンちゃん、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込むエルシーネがぼんやりと映る。その横には、クラム大神官長が力強くカリンの手を握ってくれていた。
先ほどの差し伸べてきた手はクラム大神官長だったのだ。カリンの信力に自らを繋げて呼び戻してくれたのだ。
「……大丈夫です」
まるで全力疾走したかのようにカリンは激しく呼吸していたが、しばらくしてやっと落ち着いてきた。
「クラム大神官長、助けて頂きありがとうございました」
カリンは頭を深く下げた。
「いったいあの闇の力は……」
質問しながら、カリンは寒気が襲ったかのようにブルッと震えた。自らその正体に気付いたからだ。
「デーメルン神!」
口を開いた瞬間、恐怖が全身を覆った。冥界神の信力の凄まじさを実感したからだ。
とてつもなく冷たい、そして禍々しい信力だった。あのままデーメルン神の信力に引き込まれてしまっていたら、今頃カリンはこの世にいなかっただろう。
(やはり、私の信力の中にデーメルン神の信力もあるのね……)
カリンは信力の奥底にある冥界神の信力に困惑した。
しかし、冥界神に取り込まれない為の解決策も既に見出していた。
それは、自ら冥界神の信力に触れないことだった。どういうわけか冥界神は信力の奥底にいるだけで、上がってくることはないようだ。
つまり、信力の意識を深淵までに落とさなければデーメルン神が現れることはない。
汗を拭いながらも安堵したカリンは、助けてくれたクラム大神官長にもう一度頭を下げた。
「カリンさん、デーメルン神の信力に触れることができたのですね」
「信力の最も奥にありました。あんな忌々しい感じの信力……もう二度と触らないように気をつけます」
「そうですね」
しかし、どういうわけかクラム大神官長の表情にはいつもの笑みがない。
カリンは不審に思いながら、クラム大神官長から次の言葉を待ったが、口を開いたのは大神官長ではなくエルシーネだった。
「カリンちゃん、実は魂眠を治す方法が分かったの」
「えっ、本当ですか!?」
カリンにとっては待ちに待った報告だった。
やっとフローレを助ける方法が見つかったのだ。これでフローレに会える、カリンは飛び上がるほどに嬉しかった。
しかし、喜びながらも、ふとカリンは我に返った。
なぜ今、このタイミングで教えてくれたのだろう。
魂眠を治す方法が分かっていたのなら、皇宮を出る前に教えてくれても良かったのではないか。
さらに魂眠を治す方法が見つかったにも関わらず、クラム大神官長同様にエルシーネの表情も浮かない。
「調べていた学者や神官たちから連絡があってね。さっきの会議の後にそれについての説明を受けたの」
それでシャスター、エルシーネ、クラム大神官長たちが会議の後に集まっていたのか、とカリンは納得した。
しかし、それとエルシーネたちの表情が浮かないことが結びつかない。
不思議に思っているカリンに対し、さらに重い口調でエルシーネは重大なことを口にした。
「魂眠を治す方法、その唯一の方法が冥界神デーメルンに関することだと判明したの」
ファルス神教について
アスト大陸で最も多くの信仰を集めているのがファルス神教。
ファルス神教を代表する神々をファルス十二神と呼び、それぞれが異なる神聖魔法を扱う。
ファルス神教の神官は、自分の信力を媒体にして自らが契約している神々特有の神聖魔法を使うことができる。
♦︎ファルス十二神
主神ヴァンシル
豊穣神ジュール
軍神ティール
月の女神キリア
聖母神ヒリス
陽の女神アリナ
放牧の子神サルーナ
新緑の女神ナヴィア
音楽神ヒューズ
医神メルディオ
時間神ノスダム
冥界神デーメルン




