第二十話 カリンの奇跡
「カリンさんの言いたいことは良くわかります。神官レベルと信力レベルは同一、それが常識です」
クラム大神官長は優しく笑い掛けた。
「ただし、それは普通に修行をしてレベルが徐々に上がっていく場合です。カリンさんはアークスから信力を核を受け取った為、一気に信力レベルだけが上がった。そのため、神官レベルが追い付いていないのです。レベル三十五という大量の信力を持っているのに、神聖魔法の力が見合っていないのです」
クラム大神官長の説明を聞いて、カリンは何となく意味が分かってきた。
確かに信力レベル三十五でも、カリンが扱える神聖魔法は神官レベル十以下のごくわずかな魔法だけだ。
だからこそ、神官レベルを上げる前準備として、ベックスのケーニス神官総長は全てのファルスの神々との契約を試みてくれたのだろう。
「クラム大神官長の仰る意味が分かりました」
「それは良かったです。カリンさんは神官レベルも三十五まで上げる必要があります」
「はい!」
カリンは大きく頷いた。
神聖魔法の量も質も伴った神官にならなければならないからだ。
そう決意したカリンだったが、クラム大神官長は再び信じられない発言をする。
「そこで、まずはカリンさんにはデーメルン神を除く十一神について、レベル三十五までの神聖魔法を全て覚えてもらうことにします」
「えっ、えー!?」
カリンは驚きのあまり、クラム大神官長の前であるにも関わらず声を上げてしまった。
元々契約していた聖母神ヒルスだけでも、レベル三十五までの間に十種類ほどの神聖魔法があるはずだ。それを十一神全て覚えるとは無茶苦茶だ。
「無茶ではありませんよ。貴女は全ての神々と契約しているのです。神官長アークスの信力の核を受け取ってレベルが上がったのはきっかけに過ぎません。貴女には元々神官としての大きな才能を待っているのですよ」
クラム大神官長はカリンの巨大な潜在能力を感じ取っていた。
カリンがレベル三十五になったのは、アークスだけのおかげではない。カリン本来の大きな才能とアークスの信力の核との相乗効果でレベル三十五まで急激に上がったのだ。
それに、そもそもアークスの信力の核を受け取ったことと、カリンが十二神全てと契約できたこととは関係ない。十二神はカリン本人に興味を持ったからこそ契約を結んだのだ。
「全ての神々の寵愛を受けている貴女なら大丈夫です。あとはしっかりと修行をすれば、レベル三十五までの神聖魔法は修得できるはずです」
クラム大神官長が笑う。
「しかし、当然ながら修得には日数が必要となります。例えばひとりの神の神聖魔法習得に一ヶ月費やせば、十一神全て終わるのに一年近くは掛かるでしょう」
「そ、そんなにも」
「逆の見方をすれば、たった一年で貴女はアスト大陸でも類をみないほどの能力を誇る神官になれるのです」
そもそも、ひとりの神の神聖魔法修得がたった一ヶ月で出来てしまうこと自体、常識外だった。
通常であれば、レベル三十五の神聖魔法修得など、一生かけても出来ない。なぜなら、普通の神聖魔法の使い手は長い年月修行しても、せいぜいレベル十台、二十台止まりだからだ。それ以上のレベルになるためには、個々の生まれ持った能力や過酷な修行次第であり、三十台以上のレベルに到達できる者はほんの僅かであった。
それを一神どころか、十一神の神聖魔法をわずか一年で修得できるというのだ。
神官たちからすれば、望んでも絶対に叶わない夢をカリンは手に入れてしまうのだ。
「……で、でも、私はデーメルン神とも契約が出来てしまいました。そんな私でも大丈夫なのでしょうか?」
カリンの一番の心配事は、まさにそのことであった。
ベックスのケーニス神官総長の話では、過去にはデーメルン神と契約できた者もいたらしい。しかし、彼らは他の神々とは契約が出来ずに、さらにデーメルン神から神聖魔法を修得することも出来なかったのだ。
異質の神であり、他の神々から忌み嫌われている冥界神デーメルンと契約できてしまった自分は異端者なのではないか。
昨夜のパーティーでカリンは、そんな不安な思いをクラム大神官長に伝えた。
その時、クラム大神官長は「冥界神もファルス神教を代表する十二神の一神なのです。何も心配することはありません」と優しく微笑んでくれた。
その言葉でカリンは楽な気持ちになれたのだが、やはり心配事であることに変わりはない。
本当に十一神の神聖魔法を修得することなど出来るのであろうか。
「カリンさん、自分の信力に集中してみてください」
カリンの質問に直接答えることなく、クラム大神官長はカリンに目を閉じるように促す。
「信力のずっとずっと奥に沈んでいくイメージで」
「……はい」
クラム大神官長に言われたとおり、カリンは目を閉じて心の奥にある信力に意識を集中する。
すると、今まで感じたことがない幾つもの異なる信力があることに気付く。上手く言葉には出来ないが、強いて言えば暖かさが違う、あるいは色彩が違う信力が、カリンの信力の中に溶け込んでいた。
「これは……?」
「それが契約した神々の信力です」
クラム大神官長がカリンの両肩に手を置く。
「十一の異なる信力、それが感じられるということは、十一神の神聖魔法が使えるということです」
カリンはそのまま意識を集中して、幾つもの信力に触れ合っていく。
「これが神々の信力……」
信力はクラム大神官長の言う通り十一種あった。それが神々の信力なのだ。カリンは自分が十一神の信力を使えるのだと実感することができた。
「分かって貰えたようですね」
神々の神聖魔法が使えないのではないかと心配していたカリンに、クラム大神官長は言葉で説得するのではなく、信力を通じてカリンに気付かせたのだった。




