第十九話 信力レベルと神官レベル
クラム大神官長は机に向かって仕事をしていたが、その手を止めて立ち上がり微笑む。
「お、お忙しい、と、ところ、申し訳ありません!」
カリンはガチガチになりながら謝った。昨夜、パーティー会場で少しだけ話したとはいえ、やはり大神官長の前では緊張してしまう。
「お誘いしたのは私ですよ。さぁ、立ち話も何ですし、座ってください」
クラム大神官長は自らがソファーに腰掛けると、三人もそれに倣ってソファーに座った。広い部屋だ、ここはクラム大神官長の書斎兼応接間なのだろう。
従者が入れる紅茶を見つめながら、カリンは頭の中を整理していた。聞きたいことは山ほどあるはずなのだが、クラム大神官長の前にいると緊張で全てが吹っ飛んでしまいそうだ。
カリンは心の中で大きく深呼吸をすると、おそるおそるクラム大神官長を見つめた。
年齢不詳な美貌を持つ大神官長は、三十代にも見えるし五十代にも見える。しかし、当然年齢を聞くなどと失礼なことができるはずもない。
「フフフ。カリンさん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
とはいえ、緊張してしまうのは仕方がないことだった。
目の前の女性は、エースライン帝国内でのファルス神教の頂点に立つ人だ。エースライン帝国の頂点ということは、必然的に周辺国家の中でも頂点ということだ。
つまり、クラム大神官長は周辺国家全ての神官の頂点に立つ人なのだ。
そんなカリンの気持ちを察したクラム大神官長は、カリンに優しく問いかけた。
「カリンさん、私たちが使う神聖魔法はどのような魔法でしょうか?」
クラム大神官長の質問は、神聖魔法において基本中の基本だった。もちろんカリンは答えられる。きっとカリンの気持ちを落ち着かせてくれるために初歩の質問をしてくれたのだろう。
「は、はい! 自分の信力を媒体にして神々の力をこの世界に具現化するのが神聖魔法です」
「その通りです」
クラム大神官長はまるで正解した生徒を褒める教師のように微笑み補足する。
「ファルス神教には十二神の神がいますが、神々にはそれぞれ特徴があります。そして契約した神によってファルス神教の神官が扱える神聖魔法の種類は異なりますよね?」
「はい」
「ただ、神官レベル十未満までの下級の神聖魔法、例えば、防御壁や体力回復などは、契約している神々に関係なく誰もが扱える神聖魔法です。しかし、神官レベル十からは各々が契約している神特有の神聖魔法を覚えていくのです」
例えば、当初カリンは聖母神ヒルス神のみと契約をしていたが、ヒルス神の特徴は慈愛、人を守るための神聖魔法である。
そのため、ヒルス神の契約者はレベル十以降、防御を中心としたヒルス神専用の神聖魔法を扱えるようになっていくのだ。
「さらに同じ神の魔法でも、神官レベルが高くなるほど扱える魔法の種類が増えてきます。カリンさんは現在レベルが三十五ですよね?」
クラム大神官長は、ベックスのケーニス神官総長やシァイドラのユーゲン神官上長からカリンことについて詳細に報告を受けている。その時、急激にレベルが上がった理由も聞いていたのだ。
「シュトラ王国の神官長だったアークスから信力の核を受け取ったと。しかし、アークスが信力継承の希少魔法を会得していたとは……噂通り彼は本当に天才だったのですね」
神聖魔法の種類は神々ごとに体系化されているが、それが全てではない。使い手の能力や経験そして神との相性によって、その者だけが使える独自の神聖魔法もあるのだ。それは希少魔法と呼ばれ、神聖魔法の使い手でも、ほんのごく一部の者しか持っていない。
「話が逸れてしまいましたね。神官レベル三十台以上となればエースライン帝国全体でも三百人程度しかいません」
小国であれば、二十台後半の神官レベルで、その国のトップである神官長になれる。
そんな神官長以上のレベルである三十台以上が三百人なんて。
クラム大神官長は謙遜のつもりかもしれないが、さすが七大雄国の一角、エースライン帝国だとカリンは改めて感心した。
だが、信じられないことに、カリン自身もそのレベルに到達しているのだ。
「ただし、厳密にいえば、カリンさんは信力レベル三十五ですが、神官レベルは三十五ではありません」
「!?」
カリンにはクラム大神官長の言葉の意味が分からなかった。
神官レベルと信力レベルはイコールのはずだ。カリンは神官見習いの時からそう教わってきた。現に、アイヤール王国でフォーゲンが、神官レベル=信力レベルの考え方は、魔法使いレベル=魔法レベルと同じだと説明してくれて、カリンにはとても分かりやすかった。
それなのに、今まで教わってきたことを根底から覆すことを大神官長自らが話している。
「不満そうな顔をしていますね」
クラム大神官長が微笑むと、顔に出てしまったカリンの頬が一気に赤くなった。




