第十八話 帝都の大聖堂
活気ある市街地を歩き始めて三時間ほど経った頃、三人は大聖堂の近くまでやって来た。
本来であれば、三十分ほどで大聖堂に着いていたはずなのだが、お腹を空かせたシャスターが買い食いをしたいという理由でかなり遅れてしまったのだ。
しかし、カリンにとってはシャスターのおかげで、市街地を見ながら観光することができた。
シャスターと一緒に露店で見たこともない料理を食べたり、みんなでカフェでお茶をしたり、広場では大道芸人のショーを見て驚いた。高級そうな服屋ではカリンが気に入った服をエルシーネから半ば強制的に頼まれたシャスターに買ってもらったりもした。
カリンにとっては本当に楽しい時間であった。旅に出てから、こんなにも楽しめたのは初めてだった。
「シャスター、ありがとう!」
「いや……まぁ、たまにはね」
そんな楽しそうにしている二人の後ろを歩きながら、エルシーネはカリンを悲しい表情で見つめていた。
(シャスターとの思い出作りにはなったかな……ごめんね、カリンちゃん)
そして今、三人は大聖堂が建っている高い塀の前に立っていた。
「近くから見ると、圧倒されますね……」
カリンが大聖堂を見上げた。
大聖堂は遠くからでも見えていたので、カリンひとりでも迷うことなく着けたであろう。それほどに大きな大聖堂だった。シャイドラやベックスの大聖堂にも驚いたが、さすが帝都の大聖堂だ。それらと比較にならないほどに大きい。
大聖堂はファルス神教帝都本部内に建っている。ファルス神教帝都本部の門扉は、信徒のため開かれたままとなっていて、多くの者たちが祈りを捧げるために出入りをしていた。
三人も大きな門扉を通り抜ける。
すると、そこは広大な庭園になっていて、その敷地内にいくつもの建物が建っていた。敷地だけでもフェルドの町以上はあるだろう。
そんな敷地内の中央に大聖堂が高くそびえている。
「私たちはあっちよ」
他の信者たちと同様、てっきり大聖堂に向かうと思っていたのだが、エルシーネは大聖堂ではなくその後ろに建っている館に向かって歩き出した。
それからしばらく庭園を歩き続けて、大聖堂の真裏にたどり着く。
そこには大きな館が建っていた。
館は十階建で左右に細長い建物だった。大聖堂があまりにも大きい為目立たないが、この館もかなりの大きさだ。
館の前には六人の門番が立っていた。自由に出入りできる本部の門扉とは違い、この館は立ち入り禁止のようだった。
しかし、そんなことはお構いなしに、エルシーネは門番の前まで歩いていく。
「こんにちは」
「!!」
近づいてくるエルシーネを怪訝そうに見つめていた門番たちの表情が一気に変わった。
「これは、エルシーネ皇女殿下! ようこそおいでくださいました!」
門番たちが深々と挨拶をする。
「クラム大神官長はいらっしゃるかしら?」
「はい。中で待っておられます。すると、そちらの方が……」
「そう、ファルス神教の祝福者よ」
その言葉で、カリンを見る門番たちの目が明らかに変わった。カリンに対してもうやうやしく頭を下げる。
門番たちは、カリンがファルス十二神全てと契約できたことまでは知らされていない。まだ極秘扱いだからだ。
しかし、昨日の凱旋時に皇帝から直接「ファルス神教の祝福者」と呼ばれたことは、神官たちの間で大きな話題となっていた。
よほど凄い神官なのであろう……門番たちはカリンに最高の敬意を示していた。
「お待ちしておりました、ファルス神教の祝福者様」
「あっ……は、はい。ありがとうございます」
門番の態度にカリンはたじろいだ。
「高待遇だね」
シャスターが意地悪く笑う。
ちなみにシャスターの正体を知る者は昨夜のパーティー会場にいた人々だけなので、門番たちはシャスターを付き人程度にしか見ていない。
「門を開けよ」
門番のひとりが叫ぶと館の扉がゆっくりと開く。そのまま、その門番がカリンたちを館の中へと案内する。
「こちらでございます」
長い廊下を抜けてたどり着いた部屋の前で、門番はもう一度頭を下げた。すると部屋の扉がゆっくりと開く。
「どうぞ、中へお入りください」
三人が部屋に入ると、門番とともに扉が再び閉まる。
「みなさん、よく来てくれました」
部屋の中から穏やかな声が聞こえてきた。
その声の主は、もちろん三人とも知っている。
エースライン帝国にてファルス神教最高位、クラム大神官長がそこにいた。




