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第三十五話 戦いの前夜 1

 エルマと別れてからしばらくして、シャスターは王領と東領土の境の大河にかかっている橋にたどり着いた。

 その橋の手前では既にフーゴたち親衛隊が警備している。


「おーい、フーゴ!」


 シャスターは親衛隊の前で馬を止めた。


「ラウスを追いかけていたけど、途中で見失った」


 シャスターは自分から非を認めて話を切り出したが、だからといって誰もシャスターを非難することはできない。

 ウルを上回る実力を見せつけられ、さらに自分たちの裏切り行為がバレた後ではフーゴたちは何も言えなかった。


「ただし、行き先は分かっている。ここじゃない」


「しかし、東領土に戻るにはこの橋を渡るしかないはずでは?」


「ラウスは東領土には戻らないよ」


 その言葉に親衛隊の全員が耳を疑った。


「それでは何処へ?」


「西領土のサゲンの町さ」


「なっ!?」


 理解できていないフーゴたちにシャスターは説明した。


「そもそも、ラウスの手紙にはもう一枚続きがあって、フェルドの町で反乱が失敗した場合は、サゲンの町で反乱を行うことになっていたんだ」


 嘘である。


 しかし、手紙を見つけたのはシャスターだ。何とでも言いようができるのだ。


「つまり、ラウスにとってサゲンの町は最重要拠点ということさ」


「そこで、東領土に戻るのが無理だと悟ったラウスは、身を潜める場所としてサゲンに向かったのですな」


 フーゴが推測する。


「やはりサゲンの町長は殺しておくべきでしたな」


 あの時、風呂の不手際の責任を取らせるべきだったと、フーゴは後悔する。しかし、今更言っても仕方がない。


「分かりました。あとは我々がサゲンに向かい、ラウスを捕まえます。騎士団長は王都にお戻りください」


 この際、サゲンを徹底的に略奪して住民たちを虐殺しようとフーゴは考えていた。昨日、金貨を奪われた恨みもある。


 ただし、シャスターが一緒だと何かと邪魔だ。

 体よくシャスターには王都に戻ってもらって、フーゴたちだけで略奪と虐殺を楽しもうという魂胆だった。

 反乱を企てていた町だ、滅ぼされても誰も文句は言いまい。しかもラウスが捕まえれば、フーゴの評価が一気に上がるのは確実だ。


 さらにフーゴはシャスターがラウスを取り逃がしたことと、手紙をもう一枚隠していたことを大袈裟に脚色して国王に伝えようと目論んでいた。

 ラウスを捕まえられず、さらに嘘までついていたとなれば、シャスターは処罰されるはずだ。その際、シャスターが実力行使に出たとしても、魔法使い(ウィザード)の国王には敵わない。憎らしい小僧は殺されるだろう。

 そして、後釜として自分が西領土騎士団長になるのだ。

 

 どこまでも懲りない、そして諦めの悪い男だった。


「皆の者、サゲンに向かうぞ!」


 笑いを噛みしめたフーゴは親衛隊と共に闇夜の中に消えていった。





 マルバスは西領土の領都ノイラの中心にある城のバルコニーで城下を眺めていた。


 バルコニーは城の最上階にあるデニム専用の部屋にありとても眺めが良い。ただし、マルバスには夜景を楽しむ余裕はなかった。彼の元には絶え間なく部下たちが報告しに来るからだ。


「マルバス様、最後まで抵抗していた一部の騎士団長派の制圧に成功しました」


「恭順したのか?」


「いえ、我々の恭順には一切応じず、三十名全員が戦闘により死亡しました」


 マルバスは夜空を見上げて目を閉じた。

 思ったよりも騎士団長派の抵抗が強かったことは誤算だった。


「こちらの被害は?」


「二名が死亡。その他負傷者が多数です」


「そうか。敵味方関係なく、丁重に葬ってあげてくれ」


 部下は了解の意で頭を下げるとバルコニーから出て行った。


 マルバスはもう一度城下を見渡す。

 普通であれば深夜一時過ぎの時間、城下の街にはほとんど明かりはなく真っ暗の筈だ。しかし、今夜に限ってはあちらこちらで明かりが灯り喧騒している。特に城の中は大騒ぎで、ここからでも各所から大声が聞こえてくる。


 その原因をつくった張本人はバルコニーで外を眺めていた。


 深夜零時ちょうどに反乱を起こしたマルバスたちは、すぐに騎士団長派の残留組と高級文官たちを押さえた。


 騎士団長派の残留組の多くの者はそこまでフーゴに忠誠を誓っているわけではなく、上官たちに仕方なしに従っていた者たちがほとんどだ。

 だから、マルバスが反乱を起こしたと知って多くの騎士が彼に恭順した。

 そこまではマルバスの予想通りだった。しかし、残念ながら騎士団長派の一部の者たちは徹底抵抗をしていたのだ。しかし、それも先ほど制圧した。


 高級文官たちは全員を拘束し牢屋に閉じ込めている。彼らはデニムの機嫌を伺うだけの無能の者たちだ、マルバスの目にはそう映っていた。

 殺すまではしないが復職させるつもりもない。しばらくの間は中堅以下から優秀な文官たちを選び、彼らをその任に当てることにした。


 城内を押さえるのと同時に、マルバスは城下にも騎士団を派遣した。

 ノイラの都市に住んでいる貴族や商人の中にはデニムと結託して金を儲けている者たちもいた。マルバスはそれらの貴族や商人たちを予め把握していたので、一網打尽にして牢屋に閉じ込めることに成功したのだ。


 ここまでの手並みはまさに完璧だった。エルマが見ていたら、ヒューと口笛を吹いて賞賛していただろう。

 それほどまでに完璧だった。

 たった二日前に決まった計画をここまでスムーズに実行できたことは、マルバスの手腕の高さを物語っていた。



 そんなマルバスが城下を眺めていると、数名の幹部たちが現れて膝をつく。


「マルバス様、ノイラ城内と城下の街は大きな混乱もなく制圧することに成功しました」


 幹部たち全員がマルバスを讃える。彼らも反乱の計画を聞いたのが昨日の朝、デニムたちが王都に出発した直後だ。当然ながら驚いたが、彼らはマルバスを信じて内密に、それでいて急いで準備を進めたのだ。


「みんな、よくやってくれた。これからは住民たちの治安維持に全力を注いでくれ」


「はっ!」


 それぞれが自分の持ち場に戻っていく。彼らとしては感無量の気持ちなのだろう。

 しかし、マルバスは知っていた。本当に大変なのはこれからだということを。


「あとは任せましたよ、ラウス様、エルマ殿」


 独り言を呟くと、マルバスは見えるはずのないバウムの王城の方角を見つめた。





 エルマはラウスと別れた直後、馬を走らせながら森に向かって大声で叫んだ。


「ギダ、いるか?」


「へい」


 声だけ聞こえるが姿は見せない。しかし、いることが分かれば充分だ。


「ギダ、お前は王都に戻り、国王たちの動向を探れ」


「分かりやした」


 ギダの気配が消える。そこからエルマはさらに馬のスピードを上げて全力で駆けていった。


 エルマは大河に沿いながら進んでいる。既に西領土には入っている。王領と西領土の境には東領土と違い地理的に妨げるものがないため、彼は何事もなく領境を超えることができたのだ。


 順調に進んでいたが、そろそろ馬が限界だった。王都を発してから全速力で休みことなく七時間も走り続けているからだ。



(もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ)


 エルマは馬の横顔を撫でながら駆け進む。



 そして、それからさらに一時間後。


 やっと明かりが見えてきた。反乱の起こす予定の町の一つに着いたのだ。急いで町に入ると、広場で待機している傭兵たちに声をかける。


「戻ったぞ!」


「あれ!? 隊長、なんでこんなところにいるんです?」


 突然のエルマの来訪に傭兵たちは驚いているが、詳しく話す時間がない。


「予定が変更になった。各町での領民たちの一斉反乱は行わずに、傭兵隊と西領土騎士団だけで今日の朝十時に領土境から王領に侵攻することになった。お前たちは一斉反乱する町を回って、このことを伝えてくれ!」


 エルマの真剣な表情を見ただけで、事の大きさを傭兵たちは理解した。詳しい理由を聞かなくても彼らは自分の判断で動くことができるのだ。


「了解しました。この町には俺たち傭兵が十人います。この町を含めてちょうど一斉に反乱する町の数と同じだ。俺たち一人ひとりがそれぞれの町の傭兵と町長に事情を話しに行きます」



 一斉蜂起する各町には数人の傭兵が待機していて、町長と反乱を起こす準備を進めている。

 そこで、ここにいる十人が各町に向かってエルマの指示を伝えて反乱を止める。そして傭兵たちは直接そのまま領土境に向かう。その方が効率も良い。今から向かえば各町に散った傭兵たちは十時の進軍には間に合うだろう。


「それで、朝十時に俺らはどこに集合すれば良いのですか?」


「サゲンだ」


 領土境の町サゲン、王領に攻め込むには打ってつけの町だが、これはシャスターの指示だ。

 さらにエルマは詳細事項を話して、ここにいる十人の傭兵たちにあとを託した。


「みんな、頼む!」


「了解しました。それで隊長は?」


「俺は西領土の領都ノイラに向かい、マルバス殿に騎士団にも王領への進軍をしてくれるよう頼んでくる」


 本来マルバスたち騎士団はノイラに籠城する予定だった。

 しかし状況が変わった今、西領土騎士団の戦力は王領へ進撃するためにどうしても必要だった。

 逆に言えば、傭兵隊だけの戦力ではどうにもならないのだ。


「隊長、その疲れた身体ではノイラまで無理ですよ。俺がノイラに行きますから、隊長は俺の代わりに、この町の町長に事情を説明をして、そのままここで休んでいてください」


 疲れ切っているエルマを見かねて、ひとりの傭兵が提案するが、エルマは頭を横に振った。


「駄目だ。マルバス殿に計画を持ちかけたのは俺だ。だからこそ、この変更についても俺が直接話さなくては、彼も納得しない」


 エルマが一度決めたことは曲げないことは傭兵たちも知っている。彼らはため息を吐くと、彼らの中で一番の駿馬をエルマに渡した。


「すまないな。お前たち」


「感謝の気持ちは、この戦いに勝ってから金で示してくださいな」


 みんな一斉に笑った。彼らにとって戦いは日常の一部であり、悲壮感はないのだ。


「それでは、行くぞ!」


「おお!」


 こうして、エルマと傭兵たちは、各々の目的地に向けて駆け出した。




挿絵(By みてみん)


皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!


今回MAPを掲載させて頂きました。

反乱がばれたラウスが逃げた経路や、それを追ってきたシャスター、偽情報でラウスを追いかけるフーゴたち親衛隊、そしてラウスから新たな計画を指示されて単騎で移動するエルマなどがMAPで見ることによって、皆さまに少しでも分かりやすくなればと思っています。


これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!

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