第十五話 戦力外
「はぁー、緊張した」
テーブルに置かれたチョコを口を運びながらカリンがボヤいた。
ついこの間まで田舎の町娘だった少女が、何の因果かエースライン帝国の重要会議に出席していたのだ。相当に疲れたのは仕方がない。
「カリンさんはしっかりと受け答えしていました」
星華が誉めるが、それで調子に乗るほどカリンは能天気ではない。
「星華さん、慰めてくれてありがとう。でも、私にとってはやはり場違いな場所でした」
「そんなことはなかったよ。カリンの存在はまぁ、一服の清涼剤みたいなものだったのさ。道化師役で、張り詰めた会議をいくらか緩やかにしてくれた。そういう意味ではエルシーネも同じだけど」
シャスターが嫌味混じりに笑う。
ほんとこの男は最低だ、とカリンは睨みつける。
何がイオ魔法学院の後継者だ、とカリンは思っている。いくら人々から尊敬されている雲の上の存在だとしても、カリンの前では憎たらしい少年に過ぎない。
エーレヴィン皇子のからかう相手がエルシーネ皇女であるのと同様、シャスターにとってはそれがカリンなのだ。からかわれる方はたまったものではない。
そもそも会議の冒頭、遅刻してきたこともカリンのせいにされてしまったのだ。
「ごめん、ごめん。でも、あれで会議の雰囲気が和やかになった。あの場にいた全員も分かっているさ」
シャスターがカリンの怒りを収めようとするが、そもそも笑いながら謝っている時点で、誠意のカケラも感じられない。
「もういい!」
何を言っても無駄なことは分かり切っている。
怒ったことで無性にお腹が空いてきたカリンは、部屋に用意されていた豪華な昼食を食べ始めた。とは言っても、カリンが食べる昼食はこの部屋には用意されていない。
「おい、それは俺の……」
「なにか?」
「いや、……いい」
カリンがいる場所はシャスターの部屋だった。会議が終わった後、一旦自分の部屋に戻ったカリンだったが、しばらくしてからシャスターの部屋に来ていたのだ。
別にシャスターと一緒にいたいという理由ではなく、ただ単に「五芒星の後継者」のために用意された豪華過ぎる部屋を見て見たいという理由だけであった。
そして今、シャスターのために用意されていた昼食をカリンが食べている。しかも、星華も一緒にだ。
「星華さんも一緒に食べましょ!」とカリンに誘われ、何度も断った星華だったが、カリンの強引さに押されてしまった。シャスターのため息ながらの了承を得て、申し訳なさそうに星華も食べたのだった。
「ふぅ、ご馳走様でした」
料理は二人で食べてちょうど良いほどのボリュームだった。会議中の嫌がらせを昼食で仕返ししたカリンはお腹いっぱいになり大満足だ。
「……それは良かったね」
対照的に、諦め顔のシャスターは皿に盛られたフルーツを食べていた。これはこれで充分に美味しいのだが、シャスターとしてはあまり腹の足しにはならないようだ。
「そういえば……」
心身共に満足したカリンが、ふと気になったことを質問する。
「会議が終わった後、シャスターと皇帝陛下、エルシーネ皇女殿下、エーレヴィン皇子殿下、それにクラム大神官長も残っていたけど、何を話していたの?」
「うん、今後のことをちょっとね」
シャスターはそれ以上話そうとしなかった。それは昼食を勝手に食べられた嫌がらせではなさそうだ。
本当に話せない感じだったので、カリンは無理に聞き出そうとはせずに他の質問をした。
「それで、冥々の大地へ行くパーティーには私も入っているんでしょ?」
当然、カリンは自分も行くつもりでいた。
シャスターと星華とカリンは旅を続けてきた仲間だ。冥々の大地だろうが何処だろうが一緒について行く。そのつもりでいたのだが。
「いや、カリンは入っていない。連れていくのは星華だけ」
というシャスターの言葉にカリンは耳を疑った。
「またまたー、私に意地悪して困るところを楽しみたいんでしょ?」
今度こそ先ほど昼食を食べられたことへの嫌がらせに違いないと思ったカリンは、シャスターに笑い掛けるが。
「いや、本当にカリンは連れて行かない」
「またまた……」
「いや、本当」
「また……」
「本当」
断言されたカリンは絶句してしまった。
「なんでよ!?」
吸血鬼はアンデッドだ。
カリンは今までの旅の中で、スケルトンやゾンビ、ゴーストとの戦いを経験していてアンデッドには慣れている。それにアンデッドにはカリンが使う神聖魔法の効果があるのだ。
連れていかない理由がないはずなのだが。
「吸血鬼はアンデッドでも最上位種だ。カリンごときじゃ敵わないよ」
シャスターの容赦ない言葉にカリンは肩を落とした。自分がお荷物だって改めて気付かされたからだ。
最初の頃、カリンは自分自身がお荷物だと分かっていた。しかし、旅をしながら神聖魔法の力を上げてきた。今では少しは役に立っていると自負もあった。
だからこそ尚更、シャスターの冷た過ぎる言葉がカリンの胸に突き刺さったのだ。
「確かに、シャスター、星華さん、エルシーネ皇女殿下、それにダーヴィス将軍のパーティーだったら、私は必要ないよね」
自虐的にカリンは寂しく笑ったが、シャスターの表情に笑みはない。
「うん、そのとおり。正直カリンは足手まといだね。今回は少数精鋭で行くから。分かってくれて助かるよ」
さらにカリンの胸に刃が深く突き刺さる。
カリンはベックスの宿屋のバルコニーでのシャスターとのやり取りを思い出した。
あの時、シェスターは「これからも一緒に旅してくれる方が嬉しいな」と言ってくれたのに。
その言葉を聞いてとても嬉しかったのに。
あれはすべてウソだったのだ。
感情の起伏が許容量を超えてしまい、我慢できなくなったカリンの瞳に涙が滲んできた。
その時だった。
部屋のドアが音を立てて思いっきり開く。
「カリンちゃん、ここにいたのね! 探したわ」
「エルシーネ皇女殿下……」
「約束どおり、出掛けるわよ」
エルシーネが勢いよく飛び込んできた。
突然のことで驚いたカリンの瞳からは涙が消えてしまった。泣いているところを見られなくてカリンは安堵したが、それでも暗い表情は隠せない。
「カリンちゃん、どうしたの?」
落ち込んでいるカリンに気付いたエルシーネが心配そうに声を掛ける。
「いえ、何でもありません。ただ、私は冥々の大地に行けないみたいで……」
「ああ、そのことね」
エルシーネは少し困った表情をした。
「カリンちゃんも一緒に行きたい気持ちは分かるけど、今回ばかりは無理なの。我慢してね」
「……はい」
どん底に落とされた気分だった。エルシーネまでもが、カリンの力では無理だと言っているのだ。
「それよりも、ほら、今日の午後はクラム大神官長に会って色々と話すのでしょ?」
「……あっ、そうでした!」
「カリンちゃん、行くわよ」
「はい!」
どん底に落ちた気持ちを強引に引き上げて、カリンは何とか自分の気持ちを切り替えようとした。
エルシーネからもダメ出しをされたことで、かえって吹っ切れることができたからだ。
嫌がらせが大好きなシャスターとは違い、公正明大なエルシーネが無理だと言っているのだ。冥々の大地は本当にカリンの実力では行けない場所なのであろう。
だったら、自分にしかできないことをやるだけだ。
そして、そのヒントはクラム大神官長が持っているはずだ。
(よし! クラム大神官長に会いに行こう」
決意したカリンはすぐに部屋に戻って身支度を始めた。




