第十二話 ヴァンパイア
神聖魔法の使い手である神官は、生者と対極にあるアンデッドにも詳しい。
だからこそ、エーレヴィンはクラム大神官長に願い出たのだ。
「分かりました。ただ、私も吸血鬼と直接接触したことはありません。経典に書かれている内容でよろしければ」
と前置きしながら、クラム大神官長は話を始めた。
吸血鬼……外見は人間とほとんど変わらないが、人間の数倍の超人的な力を持つこの種族は、治癒能力も非常に高く限りなく不死に近い。そのためアスト大陸に住んでいる種族の中でも上位に位置する種族だ。
人間同様に雑食だが、人間の生き血が一番の好物で栄養価も高いため、人間が襲われることも度々起きている。
ただ、吸血鬼の弱点は明白で、太陽の光を浴びると消滅してしまう。また生殖能力も殆どない。
この致命的な二つの弱点から、吸血鬼はアスト大陸で上位種族でありながら個体数はかなり少ない。
そのため歴史の表舞台に立つこともなく、各地でひっそりと暮らしている。
さらに集団行動を好まない種族であるがため、その暮らし方も単身か数人程度の小さな集団が一般的である。
また、吸血鬼と言う名は種族としての総称であり、さらに強さに応じていくつかの種族に分類されているらしい。
「……以上が私の知る知識です。ファルス神聖騎士団には私よりも吸血鬼に精通している者もいますので、その者を連れて来れれば良かったのですが」
予め吸血鬼の説明をすることが分かっていれば、クラム大神官長はその者を連れてくることができた。
その者は吸血鬼とも戦ったことがあり、様々な書物から吸血鬼の知識を学んでいた。当然、かなり詳しく知っているはずだ。
その者を会議の場に呼んでいれば、吸血鬼についてさらに詳細な情報をここにいる全員に共有できたのだが。クラム大神官長は申し訳なさそうだ。
「いや、クラム大神官長、今の話だけでも充分な情報です。内容が内容なだけに、会議前に予め知らせることが出来ずに申し訳ありませんでした」
エーレヴィンは頭を下げた。
「吸血鬼が人間を襲う事件は帝国内でも時々起きています」
苦々しい表情のイラス内務大臣の発言に皆が頷いた。
エースライン帝国でも人が吸血鬼に襲われる事件は起こる。吸血鬼は目立つ行動は取らず、人気のない場所で人間を襲うのだ。そして、襲った後はその場から素早く去る。
後になって、干からびた人間の死体が見つかるが、その時は既に何の手掛かりもない。
彼らは知能が高く狡猾だ。探し出すのは不可能に近い。
帝国民を預かる内務大臣のイラスとしては、人間を襲う危険極まりない吸血鬼を苦々しく思うことは当然であった。
「クラム大神官長やイラス内務大臣が言うとおり、吸血鬼は人間を襲う危険な存在だが……ダーヴィス将軍、他に補足はないか?」
エーレヴィンから再び話を振られたダーヴィス将軍は少し考えた素振りの後、全員が驚く爆弾発言をした。
「吸血鬼とは何度か接触をしていますが、彼らが危険な存在とはあまり思えませんでした」
「!?」
誰もが唖然とした。
それはそうだ。人間を襲うアンデッドの上位種族と、人間が相入れるはずがない。魔物同様、吸血鬼は人間に敵対する種族なのだ。
それなのに、ダーヴィス将軍は……。
「ダーヴィス将軍は冥々の大地にいる吸血鬼と会ったことがあるというのか?」
「はい」
即座に肯定されてしまい、ため息混じりに天を仰いだザン将軍だったが、他の者たちも似たり寄ったりの状態だった。
ただ、エーレヴィンとシャスターだけが面白そうに笑みを浮かべていた。




