第十一話 支配者
吸血鬼……その名はカリンでさえも知っていた。
見た目は人間に似ているが、超人的な力を持つとされる不死の種族だ。さらに吸血鬼は人の生き血を飲み、そのために人を襲うといわれている。
そんな吸血鬼が支配している場所など、危険極まりないのではないか。
「正確に言えば、冥々の大地の南西部を支配しているのが吸血鬼です」
ダーヴィス将軍によると、広大な冥々の大地は地理的に五つに分割されているらしく、その中の一つである南西部地域が吸血鬼の支配領域だった。
「なるほど。幻眠花が生息する南西部を支配していて、薬花を処方できる高い知能を持つ種族という点では吸血鬼はまさにその通りか……」
ザン将軍が頷くが、それだけでは決定打としては弱過ぎるのも事実だった。
しかし、エーレヴィンが犯人を吸血鬼だと考えている以上、他にも根拠があるはずだ。
「それで、兄上はいつから犯人の目星がついていたの?」
エルシーネが少し苛立ったように尋ねる。
悪知恵の働く兄が、昨日今日判明したばかりのゴブリン・ロードたちの検死の結果だけで犯人を断定するはずがない。幻眠花の花粉が死体から発見されたのは、兄の推測をより確実なものとするための判断材料に他ならない。
エーレヴィンはずっと前からこの事件の本当の犯人が吸血鬼だと推測していたはずなのだ。
「目星は三匹の魔物の王が現れた時からだ」
「なぜ、その時に教えてくれなかったの?」
「私もその時は確信がなかった。不確定な情報を話せば皆が混乱するからな」
と言われてしまえば、エルシーネとしては返す言葉がない。
「それじゃ、確信がなくても目星をつけた理由はなに?」
「それは、これだ」
エーレヴィンは一冊の分厚い本をテーブルに出した。
「これは皇区図書館にある『アスト大陸のアンデッド』という題名の本だ。ここには多くのアンデッド種族の特徴などが書かれているが、吸血鬼の項目の中に魔物の王化について書かれていたのだ」
「!?」
エルシーネは驚いたが、彼女だけではない。誰もが驚いた表情をしている。
ただし、その驚きは吸血鬼の項目の中に魔物の王化について書かれていたことを発見したからではない。
エーレヴィンの記憶力について、驚いているのだ。
エーレヴィンは今回の事件が起きてから本を探し出した訳ではない。以前から、彼の頭の中にはこの分厚い本の内容が記憶されていたのだ。
しかも、この本だけではなく皇区図書館にある全ての本が彼の頭の中に入っているのだろう。
恐るべき記憶力であった。
しかし、当の本人は何事もなかったかのように話を進める。
「この本にはこう書かれている。『吸血鬼の中には自分の血を魔物に与えることにより、魔物を王化させ魔物の王を作り出すことが出来る者たちがいる』と」
それが本当なら犯人は確定だが、疑問点があることに気付いた者たちもいる。
「ちょっと待ってください、エーレヴィン皇子殿下。俺はあまり吸血鬼には詳しくないのですが、奴らは太陽の下では生きていけないと聞いたことがあります。そして、血を与えられた者たちも吸血鬼化すると。しかし、俺が倒したゴブリン・ロードは太陽の下でも普通に活動をしていました」
アルレート将軍の言葉はもっともだった。同じく魔物の王を倒したヒューズ将軍、エルーミ将軍も同意を示す。
「アルレート将軍の知識は正しい。吸血鬼が血を与えれば、その者は下位の吸血鬼となり、その吸血鬼に服従するようになるが、下位の吸血鬼も吸血鬼同様に太陽の下では生きることはできない」
エーレヴィンの答えでは、魔物の王たちが太陽の下で大軍を指揮していたことが矛盾している。しかし、エーレヴィンの話はさらに続く。
「ただ、本にわざわざ『魔物を王化させることができる』と書いてあるということは、下位の吸血鬼と魔物を王化は全く別のものと考えられる。なぜなら、下位の吸血鬼になるだけであれば、普通に『魔物を吸血鬼化させることができる』と書けばよいだけだからだ」
確かに言われてみればその通りだ。わざわざ『魔物を王化させる』と書く必要はない。
「さらに言えば、『魔物を王化させることが出来る者たちがいる』と書かれているのも変だ。吸血鬼なら、血を与えて下位の吸血鬼に出来るのは当然だ。それなのに『出来る者たちがいる』という書き方は、できない者たちもいるということ。つまり、魔物の王化は吸血鬼の中でも一部の者たちにしか出来ないということだ」
たった数行の文章からそこまで読み解くとは……誰もがエーレヴィンの推察力に驚いていた。エルシーネなどは感嘆するよりも奇異の目で兄を睨みつけている。
「本には吸血鬼の記載が少なく詳細なところまでは分からないが、吸血鬼の上位種は吸血鬼化とは別に、魔物を王化することもできるのではないか、と私は思っている。しかし、魔物の王化は吸血鬼化と違い、血を与えた者を服従させることができない。そこで幻眠花を使ったのではないかと」
「なるほど、そう考えると辻褄が合いますね」
アルレート将軍は大きく頷いた。会議室にいる他の者たちも納得の表情をしている。エーレヴィンの推論はおそらく正しいだろうと。
「ただ私も吸血鬼についてそこまで詳しいわけではない。せっかくだ、吸血鬼の特徴について情報共有をしたいのだが……」
エーレヴィンの視線の先にはひとりの女性がいた。
「お願いしてもよろしいか? クラム大神官長」




