第九話 手がかり
出席者全員の視線が一気にシャスターに集まる。しかし、ふてぶてしい少年は全く動じることはない。
「俺が知死者に『ヘルダンス王国の王族の子孫たちが帝都にいることを教えたのは誰?』と聞いたけど、答えなかったからさ」
飄々と答えたシャスターだったが、隣に座っているカリンは納得できなかった。知死者が答えなかったからといって、それで犯人ではないと決めつけるのにはかなり無理があると思ったからだ。
「そんなの理由にならないでしょ」
思わずツッコミを入れようとしたカリンだったが、さすがに帝国会議の場では大声で叫べるはずもない。シャスターの脇を軽く突っつくだけとなったが、結果的にそれがカリンを助けた。
なぜなら、カリン以外の全員がシャスターの回答で納得していたからだ。もし、本当に皆の前でツッコんでいたら、恥をかいたのはカリン自身となっていた。しかし、それを見逃さない者がいた。
シャスターだ。
「カリンも何故だか理由が分かるよね?」
シャスターの顔が綻んでいる。カリンが脇を突っついたことが、無知がゆえの愚行だと気付いたのだ。
だからこそ、皆の前で恥をかかせようと、わざと聞いてきているのは間違いない。
カリンの顔が真っ赤になる。
「シャスターくんが知死者に『教えたのは誰?』と聞いたけど、知死者は答えなかった。それが理由でしょ? もし、知死者自らが計画したことなら、そんなことを聞いてきたシャスターくんを不思議に思って、逆に聞き直してくる筈だわ。しかし、知死者は何も答えなかった。つまり、答えなかったからこそ、教えた者がいたという証拠になる」
エルシーネを説明を聞いて、カリンは尊敬の眼差しを向けた。理由がようやく分かったからだ。しかも、エルシーネが代わりに答えてくれたことで、カリンは恥をかかないで済んだのだ。
(ありがとうございます! エルシーネ皇女殿下)
カリンはエルシーネに視線で感謝を伝えた。エルシーネもそれに気付いたようで、軽くウインクをして笑った。
(それにしても、コイツは!)
今度は隣のシャスターを睨みつけると、テーブルの下で誰にも見つからないようにして、シャスターの脛を蹴った。
「あぐゎ……」
声にならない呻き声を出したシャスターだったが、平静さを取り繕ったまま脛をさする。
「……エルシーネの言った通りさ。本当の犯人は他にいる」
「シャスターの説明通りだ。今回の一連の事件はさらに深くまで根が伸びているようだ」
エーレヴィンは会議に出席している者たちを見渡した。
「そこで、深くまで伸びた根を引き抜くことにする」
エースライン帝国一の智者と謳われているエーレヴィンが断言した。その意味はここにいる者たちには分かっていた。
「ということは、既に敵の正体が掴めているということでしょうか?」
その意味を敢えて声を出して質問した人物がいた。この話をまとめる為にも必要だったからだ。
エーレヴィンの隣に座っている壮年な男性が質問をする。
「いや、イラス総務大臣。敵の正体はまだ完全には掴めていない」
エーレヴィンはイラス総務大臣に視線を向けた後、ある物を取り出した。
「ただし、三匹の魔物の王の検死をした結果、興味深いものが見つかった。それがこれだ」
エーレヴィンが手にしたものは、小さな透明なガラスケースだった。無論、ガラスケースが見つかったわけではない。その中に入っているものだが、中に何も入っていないように見える。
「エーレヴィン、ここからだと何も見えない」
皆が思っていることをシャスターが代弁した。
「それもそうだな。それでは見えるようにしよう」
すると天井に大きなスクリーンが現れ、そこにエーレヴィンの手のひらにあるガラスケースが映し出された。
またもやマジックアイテムだった。おそらく小さなものを拡大して映すことができるアイテムなのだろうが、さすが帝国だ。高価であるはずのマジックアイテムが惜しげもなく普通に使われている。
カリンは感嘆せずにはいられなかった。七大雄国は軍事力だけでなく、経済力でも他国を圧倒しているのだ。
そんなカリンの驚きをよそに、他の者たちは映し出されたガラスケースを見ている。
「これは……なに?」
エルシーネが不思議そうに声を上げた。
拡大映像されたガラスケースの中では、小さなオレンジ色の球が無数に転がっていた。
拡大してもやっと見える程度だ。実物はほとんど見えないだろう。
「これは植物の花粉だ」
妹の質問に答えたエーレヴィンはガラスケースを軽く振る。すると、花粉がガラスケースの中で飛び回る。
「三匹の魔物の王、全ての死体からこの花粉が検出されたのだ」
「それのどこが興味深いの?」
「植物学者に調べさせたところ、この花粉は幻眠花と呼ばれる花だということが分かった。この花には強力な催眠効果があるらしい」
「つまり、三匹は催眠にかかっていたということ?」
「そうだ。ただ、この花は生育がとても難しく栽培はできず、アスト大陸でも限られた土地でしか自生していない。そこで通常は乾燥させた粉末を催眠薬として使うらしいが、三匹から検出された花粉は全て生花の状態だった」
一気に出席者の顔色が変わった。ここにはエーレヴィンが何を言いたいのか分からない無能者はいない。
「三匹の魔物の王たちはその花が生息する場所にいたということですか?」
ザン将軍が代表して確認をする。
「そういうことになる。しかも、生花は乾燥させた花よりも数倍強力な催眠効果があるということだ。長期間、自我を忘れて操ることができるほどに」
三匹の魔物の王は幻眠花が咲く場所で何者かによって催眠で操られていたということか。
「三匹の魔物を王化させて操っていた者は幻眠花の自生地にいる。そしてエースライン帝国の周辺で、この花が自生している場所は一箇所しかない。それがここだ」
天井のスクリーンの映像が変わり、エースライン帝国の地図が映し出された。
画面の地図はスムーズに移動しながら帝国の北東部で拡大する。さらに地図は国境の先に広がる広大な大地で止まった。
その大地は会議に参加している帝国の重鎮たち、誰もが知っている場所だった。
「冥々の大地……」
エルシーネの声に合わせるかのように、会議室全体が重い空気に包まれた。




