第八話 後継者からの情報
「知死者は、何者かにそそのかされて帝都に攻め入ったのだと思う」
「もう少し詳しく説明をしてくれないか?」
エーレヴィンは事情を知っているが、会議の参加者たちのために促した。
「知死者になるための条件、それは現世への強い執着心だ。現世への執着心が強ければ強いほど、知死者に転生する可能性は高まるが、同時に知死者になると『縛り』も発生するんだ」
「縛り?」
「現世への強い執着心がそのまま『縛り』となる。そして、知死者は自分の意思とは関係なく『縛り』を完遂しなければならない」
「今回知死者が帝都に来たのは、その『縛り』を完遂するためなのか?」
「うん。そして、彼の『縛り』は千年もの大昔に滅んだヘルダンス王国っていう国の王族を皆殺しにすること」
「なぜ、『縛り』がヘルダンス王国の王族を皆殺しなのだ?」
「さぁ、その理由までは分からない。でも、彼がヘルダンス王国に強い恨みを抱いて死んだ……それが現世への執着心となって、知死者になったのは確かだろうね。だからこそ、それが王族を皆殺しにする『縛り』になったのだと思う」
誰もがシャスターの説明を真剣に聞いている。知死者はレアな魔物だ。その情報を詳細に知る機会などないからだ。
「ヘルダンス王国は知死者となった彼が滅ぼした。その時に王族は皆殺しにしたと思っていたが、ここにきて王族の末裔が生きていることを知った」
「その末裔が帝都エースヒルにいるということか?」
「千年前、帝都エースヒルに留学中のヘルダンス王国の王女が一人生き延びていた。しかし、ヘルダンス王国が滅亡した後、身を守るために王女は王族の身分を捨ててそのまま帝都で一般の市民になったらしい。それから千年もの時間が経っている」
シャスターは知死者から聞いた「縛り」、帝都を襲わなくてはならない理由を皆に話した。
「なるほど、すると帝都にはこの千年間でヘルダンス王家の血を受け継ぐ者が何千、何万人もいるということか。当然末裔たちはその事実も知らぬまま」
この会議の出席者の中にもいるかもしれない。千年もの間、子孫がどんどん増えていけば、末裔の数はかなりの多くなるのは当然だった。
「今いる末裔たちにはヘルダンス王家の血が一滴ぐらいしか残っていないのかもしれない。しかし、それでも知死者は『縛り』によって、自分の意思に関係なくヘルダンス王家の者たちを根絶やしにしなくてはならないんだ」
「だが、帝都エースヒルには百五十万人もの人々がいる。その中から探すなど無理だな」
「だから、帝都に攻め入って全ての人々を殺そうとしていたんだ」
「そんな無謀な!」
シャスターとエーレヴィンの会話に割り込んで叫んだのはエルシーネだった。
「そんなこと、最初から無理に決まっているじゃない。知死者は知性が高いんじゃないの?」
エルシーネの発言はもっともだった。多くの者が頷きエルシーネの考えを肯定する。
帝都エースライン帝国はアスト大陸で最も難攻不落な都市の一つだ。それは十輝将を始め多くの固有の武力が存在するからだ。しかも、それぞれが一国分の軍隊以上の働きをする。
今回、知死者とは帝都の外での戦いだった。そのため、残念ながら巡回中の兵士たちが犠牲になってしまったが、もし知死者が帝都に入っていたら、それらの戦力によってすぐに倒されていただろう。無論、その場合は市民にも大きな被害が出てしまうのだが……。
しかし、それほどまでに帝都エースヒルの防衛力は高い。言い方は悪いが、その辺の小国を滅ぼすのとは訳が違うのだ。
だからこそ腑に落ちない。知死者ほどの知恵者が、帝都を滅ぼすなど夢物語と分かりきっているはずだからだ。
「当然、知死者も無謀なことは十分に承知していたさ」
「それじゃなぜ?」
「エルシーネ、人の話を聞いている? さっきから話している『縛り』のせいだよ」
シャスターがわざとらしくため息をつく。
「聞いているわよ! でも、その『縛り』ってそんなにも強力なの?」
エルシーネ以下、ここにいる殆どの者たちは知死者の知識は書物等で知っていても、詳細なことは分からない。だから、知死者の『縛り』が、どれほどのものなのかは分からない。
「知死者は『縛り』からは決して逃げられない。呪いのようなものなんだ」
シャスター自身も、何度も知死者を説得した。しかし、それでも「縛り」に抗うことは無理だったのだ。
そんな話の最中、少し意外そうな表情をしている者がいた。ザン将軍だ。
シャイドラでゴブリン・ロードを倒しに向かう前に、シャスターに魔物の詳細な情報を教えて貰おうと尋ねたのだが、シャスターはゴブリン・ロードについて知らなかった。
ゴブリンには興味がないからと言っていたため、エルシーネに散々皮肉られたのだが、やはりさすが「五芒星の後継者」だ。興味がある魔物については、詳しく知っていたということだ。
「本人の意思に関係なく遂行しようとする『縛り』か。これで知死者が帝都へ攻め込んだ理由が分かったが」
エーレヴィンがシャスターを見つめ直す。
「知死者が犯人ではない、他者にそそのかされていると思う理由を教えてもらえるかな?」
再び、全員の視線がシャスターに集まった。




