第七話 首謀者
「……ということが、昨夜起きた一部始終となります」
リクスト将軍が説明を終えると、一同の間の空気が変わった。
出席者の多くは昨夜起きたことの情報を得ていたが、詳細な内容までは伝わっていなかった。帝都の目の前で、ここまで大きな戦いがあったとは思っていなかったのだ。
「ちょっと、どういうことよ!?」
小声でカリンがシャスターに文句を言ってきた。
昨夜、帝都がとんでもなく強い魔物に襲われそうになり、しかもシャスターがその魔物を倒したとは。
「何で私に教えてくれなかったの?」
カリンはさらに問い詰めようとするが、シャスターは軽くニヤける。
「だって、カリンはエルシーネと酔い潰れていたじゃないか」
「なっ!?」
「これから戦いに赴こうとしているのに、酔っ払いにかまっている暇はないさ」
シャスターの嫌味はこれだけでは済まなかった。
あえて大きな声で話したため、他の人々に筒抜けだったのだ。それに気付いたカリンの顔が一気に赤くなった。
「カリン嬢、恥ずかしがることはないぞ。私を含めてここにいる多くの者たちが魔物襲来に気付くことなく、パーティーを楽しんでいたのだ。恥ずかしさのレベルでいえば、十輝将である私の方がずっと上だ」
ザン将軍が笑ってみせる。カリンを気遣ってくれたのだ。
「ほんと、ザン将軍の言う通りだわ。帝都が襲われそうになっていたのに、私たち十輝将が気付かないなんて……」
エルシーネはパーティーの後半、カリンと一緒に飲んで酔い潰れていたのだ。そんな時に攻撃を受けていたなんて最悪だ。
しかし、気付かないことは仕方がないと、ここにいる皆が分かっていた。
帝都エースヒルはアスト大陸の中でも圧倒的に防御力が高く、鉄壁を誇る超巨大都市だ。しかしだからこそ、帝都周辺で大きな戦いがあったとしても、帝都内にまで影響を受けることがない。帝都中心の皇区なら尚更だ。
十輝将といえども、パーティーの最中に帝都外の異変に気付くのは無理というものだ。
「でも、そんな中、シャスターくんとアルレート将軍がパーティー会場の外にいてくれたおかげで助かったわ。ところで、二人はどうしてパーティー会場の外にいたわけ?」
今度はエルシーネが反撃を企てる。エルシーネとしては、先ほど兄のエーレヴィンと口ゲンカをしている時に、何となく察しがついていたのだ。
「リクスト将軍が二人を見つけて、戦いの要請をしたそうじゃない。二人は外で何をしていたの?」
ここまでくると、誰もがだいたいの予想がついた。それに合わせるかのように、アルレート将軍の顔が少し青ざめている。シャスターも気まずい表情だ。
カリンに対して放った嫌味がブーメランとして自分に戻ってきてしまった。自業自得だった。
「……ところで、リクスト将軍。聞きたいことがある」
ザン将軍が強引に話を本題に戻した。
「何でしょう?」
「昨夜の兵士の犠牲者数は?」
「六百十五名です」
表情を曇らせたリクスト将軍が答える。一夜にしては多過ぎる犠牲者数となってしまった。
もちろん、兵士たちは職業軍人であり、帝国のために戦うことが本分だ。戦いになれば死ぬこともあるし、彼らもそのことは充分に分かった上で兵士職に就いているのだ。
しかしだからといって、犠牲者を多く出して良いということではない。
「今回のことは私に非がある。魔物の王を討伐した後、すぐに敵が帝都を襲ってくるとは思わなかった為、対応するのが遅れてしまった」
エーレヴィンが謝罪するが、誰も彼が悪いとは思っていない。
そもそも昨夜の戦いの対応は完璧だった。市民に犠牲は出ていないし、建物も破壊されていない。ほとんどの市民は昨夜戦闘があったことすら知らない。
「それでは今回の一連の首謀者は知死者ということでしょうか?」
話を先回りしてアルレート将軍が尋ねた。
知死者ほどの高い知性も攻撃力を持つ魔物だからこそ、今回のような念入りな計画を立てることができたのだ。
三匹の魔物の王のエースライン帝国侵略から始まり、帝都エースヒルの襲撃までの一連の事件の首謀者が知死者であったとすれば納得がいく。
しかし、その知死者も消えた。これで今回の一連の事件は全て終わったのだ。
全員が解決したと思ったはずだが。
「いや、知死者は犯人じゃないよ」
ひとりだけ納得していない者がいた。
シャスターだ。
皆の視線がシャスターに注がれた。




