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第五話 謎の少女

 朝食の場に残ったのは、シャード皇帝とエーレヴィンだけとなった。


「エーレヴィンよ」


「はい」


「お前らしくもなく、少し遊びが過ぎたな」


「申し訳ありません」


 エーレヴィンはあっさりと非を認めて反省をした。

 妹がシャスターに対して好意を待っていると思ったからこそ、本人の前で背中を押したつもりだったのだが、強引過ぎたようだ。


「困ったことに、どうやらエルシーネ自身も自分の気持ちに気付いていないようです」


 気付いていないからこそ、あれほど怒ったのだ。照れもあったようなので、少しぐらいは自覚もあるのだろが。


 兄の立場としては、妹とシャスターが恋仲になることは悪くはない。シャスターの実力は周知の通りだ。そして人間的にも面白味がある少年だ。

 ただし、目下のところ妹には大きなライバルがいる。だからこそ、少し発破を掛けようとしたのだが、失敗してしまった。

 内政外政において百戦錬磨の宰相も、こと恋愛に関しては完璧とはほど遠いようだ。



「それにしても、父上の提案には驚きました」


 エーレヴィンはさりげなく話題を変えた。

 エルシーネをシャスターの旅に同行させる提案を聞いた時、立場上エーレヴィンは平静を装っていたが、彼も皇帝から聞かされておらず、内心では驚いていたのだ。


「元々考えていたことだった。お前やユーリットとは違い、エルシーネは自由奔放だからな。帝国の枠に囚われずに動くほうが性分に合っているだろう」


「親心、ですか?」


「それもある。しかし、それ以上にエースライン帝国のためになると思ったからだ。先ほどエルシーネに話したことは事実だ。これから世界は『聖動の時代』に向かっていくだろう。エルシーネを通じて世界の動きをいち早く知ることができれば、エースライン帝国の強さはさらに磐石になる」


「そこまでお考えとは恐れ入りました」


 エーレヴィンは感服し頭を下げた。

 さすが七大雄国(セフティマ・グラン)の一つ、エースライン帝国の皇帝だ。自分よりもさらに高みから視野を広げ先を見据えている。


「まぁ、その副次的効果として、エルシーネとシャスター殿との仲が親密になれば、親の立場として喜ぶことになるやもしれんな」


 ますます感服し頭を深く下げたエーレヴィンだった。





 同時刻。


 猛吹雪の中、人を寄せ付けない険しい山々をひとりの少女が疾走していた。


 ただし、自らの足で走っているわけではない。何かに騎乗しているのだが、それが何の動物なのか判断がつかない。強いて言えば、狼に近いのだが、大きさが狼とは違い過ぎていた。象のように大きな巨大な狼だ。


 さらに言えば、その狼のようなものは生き物でもない。

 前脚二本は狼の脚のように地面を勢い良く駆けているが、後脚の二本は無く、代わりに車輪が付いていて雪の上を勢いよく回転していた。

 体面も毛で覆われているのではなく、まるで金属のような無機質な身体は付着した雪を溶かして鈍く輝いている。



「ふぁあー、よく寝た」


 少女は両腕を伸ばして大きなあくびをした。猛吹雪の中、しかも道なき道を走っているが、少女には全く影響がない。

 なぜなら、少女は巨大な狼の背中に乗っているのだが、その座席はソファーのように大きく、少女を包み込む形状は狼の動きと連動して形を変える為、少女は移動の振動を殆ど感じない。

 さらに座席は流線形の半透明なガラスで覆われている為、猛吹雪の中でも寒さや風圧の影響を一切受けず、中は快適だった。


 ソファーの上でゴロゴロしながら、少女は走っている方向へ目を向ける。


「えーと、今はどの辺……かな?」


 少女が前面のガラスを触ると、地図が映り出した。


「このまま進むと、エースライン帝国の北部か……」


 少女の顔が少しだけ曇る。


「立ち寄る必要なし! さっさと通過しようっと」



 少女が即決した、その時だった。

 走っていた狼の動きが止まった。目の前に、氷の巨人が現れたからだ。しかも、一体ではなく十数体もいる。


氷巨人ジャイアントアイスマンね。邪魔しないでもらえるかな?」


 少女は面倒だから避けようとしたのだが、氷巨人ジャイアントアイスマンたちは逃してくれない。彼らは知能が低く凶暴だ。せっかくの獲物を逃すつもりはないのだろう。


「ふぅーん、邪魔するんだ。それじゃ、殺しちゃうね。岩石の浴雨(ストーン・シャワー)


 すると、空から無数の石が現れて、氷巨人ジャイアントアイスマンに降り注いだ。

 弾丸以上の速さで、石が急降下で落ちてくるのだ。氷で形成させた氷巨人ジャイアントアイスマンは瞬く間に全て破壊された。


「全くもぅ、邪魔する方がいけないんだからねっ!」


 少女はバラバラに砕けた氷の塊に向けて文句を言い放つと、再び走り出そうとするが。



「コンコンコン」


 今度は座席の後ろからガラスを叩く音がする。少女が振り向くと、そこには小さな石の人形が立っていた。


「どうしたの? うんうん……えっ! 本当!?」


 人形に独り言を呟いていた少女の顔が、パッと明るくなる。


「やっと見つけたわ! 待っていてね、マイ・ダーリン!」



 巨大な狼はさらにスピードを上げて雪の中を疾走していった。




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