第四話 動き出す世界
シャード皇帝は改めてシャスターを正面から見つめた。
「イオの後継者殿。朝食に呼んだのは他でもない、エルシーネのことなのだ」
「ん、どういうことですか?」
「今回の件が片付いたら、そなたの旅にエルシーネも同行させてくれぬか」
「ぶっ!」
シャスターよりも先に驚いたのはエルシーネだった。危うく口に入れたコーヒーを吐きそうになる。彼女も初めて聞いた爆弾発言だったからだ。
「ちょ、ちょっと、父上! いきなり何の話ですか!?」
「今話した通りだが」
「ふざけないでください!」
エルシーネが思いっきり叫ぶ。
「私は十輝将の一人でペガサス騎士団の団長です。部下たちを見捨てるわけにはいきません」
「エルシーネ、お前には父上のお気持ちが分からないのか?」
横からエーレヴィンが口を挟む。
「分からないわよ!」
「お前に見聞を広めさせるためだ」
「!?」
エーレヴィンの説明を聞いて、エルシーネはチラリと皇帝を見た。
「エーレヴィンや妹のユーリットは他国への留学経験があるが、お前はずっと武術の訓練に明け暮れていて、帝国の外に出たことがない。一度くらい世界を見ておくことも必要だと思ったのだ」
シャード皇帝の優しさを知り、エルシーネは嬉しい気持ちになる。しかし、それでもまだ疑問が残る。
「それにしても、なぜ今この時期なのですか?」
「この時期だからこそだ」
シャード皇帝は断言した。
「『五芒星の後継者』たちが動き出した。つまり、これから『聖動の時代』に突入するということだ。今回の騒動もその一環の可能性が高い」
「聖動の時代」……初めて聞く言葉にエルシーネは何のことか尋ねようとしたが、質問をする暇もなくシャード皇帝は話を続ける。
「だからこそ、お前には世界の情勢をその目で見てきて欲しいのだ。エースライン帝国のため、そしてお前自身のためにだ」
静かだが迫力のあるシャード皇帝の声に、エルシーネは威圧された。辛うじて声を出す。
「しかし、部下たちのことが……」
「案ずることはない。お前の将軍職やペガサス騎士団長はそのままだ。そもそもペガサス騎士団は遊軍であり、決まった守備場所はない。お前がいない間は副騎士団長が代行となれば良かろう」
「……」
「それに世界が『聖動の時代』に向かって動き出す原動力の一つは間違いなくシャスター殿だ。同行者になれば、世界の中心に立てるのだ。お前にとっては興味が湧く話だと思うのだが?」
「そ、それは……」
エルシーネは言葉に詰まってしまった。
シャード皇帝の提案はまさに彼女が欲しているものだからだ。元来、何にでも首を突っ込む性格のエルシーネだ。動き出す世界を旅する……想像しただけで刺激的な感情が込み上げてくる。
しかし、ここでは毅然とした態度で対応しなくてはならない。
「……分かりました。そこまで父上が仰るのなら、エースライン帝国のために、シャスターくんに同行します」
「うむ。頼んだぞ」
「ちょっと待ってください!」
今度はシャスターが慌てて止めに入る。
「俺の意思は関係ないのですか?」
「シャスターなら妹が旅を同行することに反対はしないと思っているからさ」
エーレヴィンが笑いながら同意を求めるが、シャスターは首を横に大きく振る。
「冗談じゃない、大反対だよ! こんな口やかましい……」
「口やかましい!?」
エルシーネの顔がピクピクと引きつってくる。
「あっ! いや……もうカリンもいるし、これ以上の同行者はもういいかなと思って……」
慌てて言い直したシャスターにエーレヴィンは苦笑した。
「そういうな、シャスター。兄の私が言うのも何だが、妹は役に立つぞ」
面倒なものを押し付けてきやがった、とシャスターは苦々しく思ったが既に遅い。もうここまできたら断ることはできない。
「……はぁ、分かったよ」
シャスターは頭の中で損得勘定をしていた。
エルシーネは帝国の十輝将の一人であり、実力は折り紙つきだ。彼女が加われば面倒な戦いがあった場合でも全て任すことができ、それだけ自分はラクができる。
それに、これからの旅費は全てエルシーネに払わせればよい。帝国がシャスターの財布代わりになるのだ。
打算的な計算がプラスを示したことで、シャスターはエルシーネになんとか微笑みかけた。
「エルシーネ、よろしく」
「……よろしく」
とりあえず、話はまとまることができた。
「それじゃ、朝食も食べ終わったし、会議が始まるまで休ませてもらうよ」
シャスターは立ち上がり席を離れる。
「シャスター、会議はよろしく頼む。それと星華殿とカリン嬢にも会議に参加するようにお伝えしてくれ」
「はいはい」
シャスターはそのまま部屋から出て行った。
「それじゃ、私も着替えがあるし、そろそろ戻るわ」
シャスターの後を追うようにエルシーネも部屋から出て行った。
こうして、騒々しかった朝食はようやく落ち着きを取り戻した。




