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第二話 兄と妹

 その頃、シャスターも眠い目を擦りながら朝食をとっていた。


 テーブルの反対側にはシァード皇帝が座っている。そして、皇帝の左右にはエーレヴィンとエルシーネが座っていた。

 現在、帝都にいる皇族は三人だけだ。

 シャード皇帝の皇妃は十年前に他界していた。シャード皇帝と皇妃は一男三女を授かったが、それがエーレヴィン皇子とエルシーネ第二皇女だ。尚、第一皇女は既に他国へと嫁いでおり、第三皇女は任務の為、現在は帝国にはいない。


 普段はエルシーネも帝都にいることは少ないため、三人が集まって朝食をとることは珍しい。

 だからこそ、久しぶりの家族団欒の貴重な時間となるはずなのだが……。



 エーレヴィンとエルシーネ、二人の兄妹の表情は対照的だった。兄の方は静かに朝食を食べているのに対し、妹の方は食べることを忘れたようにずっと兄を睨み続けている。

 当然、その理由は分かりきっていた。


「昨夜の帝都襲撃のこと、なぜ私に教えてくれなかったの?」


 ついに我慢できなくなったエルシーネがエーレヴィンに噛み付いた。


「何度も言わせるな。パーティー中の出来事だったからだ。お前だけではない、他の十輝将にも話していない」


「それじゃ、アルレート将軍とシャスターくんだけには話したのはどうして?」


「その場にいたのが、彼ら二人だったからだ」


 エーレヴィンは平然と答えたが、エルシーネが納得するはずがない。


「リクスト将軍は帝都防衛の責任者だから当然よ。でも、何でそこにアルレート将軍とシャスターくんがいるのよ?」


 それを言われると、シャスターとしては返す言葉がない。まさか、アルレート将軍から金貨を貰って私闘を行なっていたとは言えないからだ。


「二人とも酔いを冷ますために外を散歩していた。そこで、たまたま出会ったリクスト将軍が二人に要請したのだ」


「ふーん、たまたまね……」


 エルシーネは疑いの眼差しをシャスターに向ける。

 内緒で試合をしていたことは御法度だ。バレた場合、シャスターは良いとしてもアルレート将軍が大変なことになる。


「そうそう、たまたまだよ」


 慌てたシャスターがエーレヴィンに追従して答える。


「シャスターくんが、アルレート将軍と一緒に散歩なんかするはずがないと思うんだけど?」


「いやー、外の広場でバッタリ会ってさ。互いに初対面だったから、挨拶がてら話をしていたんだ」


「どんな話をしていたの?」


「えーと、その……あっ! ゴブリン・ロードの話をしていたんだ。どうやって倒したのか、って」


「ふぅーん。シャスターくんは他人が倒した魔物の話になんて興味ないでしょ?」


さらに疑いの目を向けたエルシーネだったが、それ以上シャスターを問い詰めることはしなかった。



「まぁ、仕方がないわね。私も少し酔っていたし」


「お前のは酔ったとは言わない。酔い潰れていたというのだ」


「そんなことないわよ!」


 エーレヴィンの嫌味に対し、威勢よくテーブルを叩いたエルシーネだったが、少し頭が痛い。確かに昨夜クラム大神官長と話した後、カリンと二人だけで楽しく飲んでいたのが、その後の記憶が曖昧だ。


「エースライン帝国の皇女とは、全帝国民の手本となるべき存在でなければならない。しかし、昨夜のお前を見て誰がそう思うかだ」


「ぐぬぅぅ……」


 エーレヴィンの言葉はまさに正論だ。エルシーネとしては何も反論ができない。


「パーティーが終わると、すぐに侍女たちがお前を退出させたようだから、他の者たちに醜態を見られることもなかったようだが。以後気をつけるように」


「はい」


 エルシーネは不貞腐れながらも小さな声で謝った。



 そんな二人の言い争いをコーヒーを飲みながらシャスターがニヤけて見ていた。

 エルシーネがエーレヴィンに小言を言われている……久しぶりに見る光景だ。落ち込んでいるエルシーネを見ることができて、シャスターは嬉しくて仕方がないのだ。


 シャスターの嘲笑うかのような視線に気付きながらも、エルシーネは何も言い返さない。言い返したら、さらにシャスターを喜ばせてしまうだけなのを知っているからだ。


 そんな状況下で、エルシーネを助けてくれたのは皇帝だった。



「もう、その話はそれぐらいでよかろう。それよりもだ、エーレヴィン」


「はい」


 エーレヴィンがコーヒーカップを置くと、それに合わせたかのように表情が引き締まった。

 話が変わったことにエルシーネは内心でホッとした。


「それでは、今までの敵の動きを確認しておこうか」


 エーレヴィンがエルシーネに向かって話しかける。


「まずは先日、ゴブリン・ロード、オーク・ロード、コボルト・ロードの三匹の(ロード)化した魔物……つまり、魔物の王(モンスター・ロード)が帝国の国境付近にそれぞれ現れた。さらに昨夜、三体の亡魔の騎士(フィーンドナイト)と、それを操っていた上級アンデッドの知死者(モルス)が帝都周辺に現れたのだが……」


 突然、エーレヴィンは話を止めた。



「やはり、今ここで詳細をお前に話すことはやめておくにする」


「えっ? 何でよ!」


 理不尽過ぎる兄の言葉にエルシーネが噛み付くが、エーレヴィンは平然としたままだ。


「エルシーネ、お前が昨日自分自身で言ったとおりだからだ。我々だけで情報共有するのは公私混同と思われてしまうからな。このあと開催させる会議で十騎将たちと一緒に聞くがよい」


 それは昨日パーティーの始まる前、シャスターとエーレヴィンが談話している最中のことだった。ゴブリン・ロードの陽動に使われたことに腹を立てたエルシーネが、兄に文句を言い放ったのだ。

「今回の事件の全容を私だけに話したら公私混同よ。でも、そんな重大なことなら武官の最高位である全将軍に話しておく必要はあったと思うわ。最前線で命懸けで戦っているのは彼らなのよ」と。

 そのことに対して、エーレヴィンはその場で素直に自分の非を認めた。


 そして、今回の件だ。

 昨夜起きたことをエルシーネだけに先に話すのではなく、この後に開かれる会議で話すことにしたのだ。つまり、公私混同しないというわけだ。


 自分の非を改めたエーレヴィンがすぐ実行に移した形だが、妹に対しての嫌味要素の方が高いとエルシーネは確信した。

 だが、言っていることは正論である。ここで「そんなのは酷い」なんて言いようものなら、さらに嫌味を言われることは火を見るよりも明らかだ。


「くっ……」


 エルシーネは何も言い返せない。


 自分の考えに固執せず柔軟に変化できる姿勢……エーレヴィンは上位に立つ者として、変え難い素晴らしい資質の持ち主であるが、同時に妹としては恐ろしくもあった。

 しかも、嫌味要素まで付け加えてくるとは、こんな兄に一矢報いることは非常に困難だ。


 心の中で大きくため息を吐いたエルシーネは話題を変えざるをえなかった。



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