第百二十二話 外伝 モルス3
ヘルダンス王国の王都は村から馬をとばして半日程度だった。
村と王都が比較的近いせいもあるが、そもそもこの国は辺境地にある小さな国だ。領土も狭く国民数も少ない。
その日の夕方に王都に着いた男はそのまま王宮に向かい、城門を守る衛兵に老婆に会わせて欲しいと願い出た。
「国王様はお前のような者には会わぬ。さっさと去れ!」
当然ながら、男は衛兵から門前払いされてしまった。
すると男は躊躇することなく、衛兵に火炎球を放った。苦しみながら燃えている衛兵を気に留めることなく、男は城門を超えて王宮へ入っていく。
すぐに異変に気付いた多くの兵士たちが男を取り囲むが、衛兵同様に男は全く躊躇しなかった。兵士たちは燃え上がり、王宮が炎に包まれる。
辺境地の小国だ、魔法などというものを今まで見たことがない兵士たちは恐怖に襲われた。
「婆さんはどこにいる? すぐに解放しろ!」
男は叫びながら王宮の奥へと進んでいった。何人もの兵士たちが男に襲い掛かるが、その度火だるまの犠牲者を出すだけだ。
そして、ついに男は王宮の一番奥へとたどり着いた。
そこには一人の男が座っていた。ヘルダンス王国の国王だ。その周りには多くの兵士や家臣が国王を守るように立っている。
「男、お前は何者だ?」
さすがに一国を治める者だけのことはある。炎を放つ男を前にしても、国王の態度は堂々としていた。
「俺はお前たちが半年前に連れ去った魔女の孫だ」
もちろん、本当の孫ではない。
しかし、男は老婆が別れ際に「孫」と呼んでくれたことを心から嬉しく思っていた。血の繋がりはなくとも、男は老婆の孫なのだ。
「ふん。だから、お前も魔法が使えるのか。しかし、あの魔女は捕まえる際、一切反抗はしなかったぞ。お前も大人しく捕まれ」
「断る」
男は国王に対して言い切った。
老婆は自分が人々から疎まれていること、怖がられていることを当然知っていた。だから、自分が無実であることを証明するため、捕まる際も反抗はしなかったのだ。
もしも老婆が反抗していたら、捕まるはずがない。その場で兵士たちの方が全滅していたはずだ。
そんな老婆を助け出すために、男は王宮に来たのだ。
「早く魔女の所へ連れて行け!」
男の鬼気迫る迫力に、国王は大きくため息をついた。
「はぁ、分かった。お前を魔女に会わせてやろう」
その直後、男が立っていた床が消えた。
男は何が起きたのか分からぬまま、垂直に落下していき、地面に激突した。激しい痛みが身体中を襲う。
男は激痛のまま、目を開けた。辺りは真っ暗だが、はるか頭上の一点だけが明るく光っている。
その明るく光る場所から、何者かが顔を出した。目が慣れてくると分かった。国王だ。
「ほぉ、その高さで落とされても、まだ生きておるか。しぶといな」
国王の声が男に届いた。
「国王……」
男はやっと声を出した。肋骨が折れているのだろう、声を出すだけで激しい痛みが襲う。
「落とし穴に落とされた気分はどうだ? 侵入者に対し、何も準備していないはずがなかろう。いくらお前が危険極まりない魔法使いだとしても、この穴から抜け出すことはできぬわ!」
「貴様……謀った……な」
男の意識は薄れていく。高さのある落とし穴に落とされたのだ。肋骨だけではない、両足も折れているようだし、いくつかの臓器も潰れているだろう。
それでも男は必死になって、意識を保っていた。
「謀ってなんぞ、おらぬわ。お前の望み通り、魔女に会わせてあげたのだ。ありがたく思え」
最初、国王の言葉の意味が男には分からなかった。
しかし、暗闇に目が慣れてくると、男は人の気配を感じた。男の隣に誰かいる。
「ああああああ!!」
それに気付いた瞬間、男は声にならない叫びを上げていた。
そこには絶命した老婆が倒れていた。
老婆は両手、両足を縛られたままだった。男と同じように落とし穴に落とされたのであろう。死んでからもう何ヶ月も経っているその姿はすでに骨と皮だけとなっていて、身体中から流れ出た血が黒く固まってへばりついていた。
男は激痛を忘れて、老婆を思いっきり抱きしめた。
「うわああー!!」
男は大声で泣いた。
自分のことを唯一分かってくれていた老婆、自分を闇から助けだしてくれた老婆、いつも温かく見守ってくれていた老婆……今までの思い出が次から次へと男の心に溢れ出してくる。
それなのに、なぜこのような酷い仕打ちを受けなければならないのか。
「両手、両足を縛ったまま落としたからな。さすがに魔女は即死だったぞ」
国王の笑い声が深い穴中に響き渡る。
「国王、貴様を絶対に許さない!」
男は天井に向かって叫んだ。その激しい怒りの声に国王は一瞬怖気付いたが、すぐに平静を取り戻して馬鹿にしたように笑う。
「何を世迷い言を。お前はそこで死ぬのだ。魔女と一緒に死ねるのだからな、ありがたく思え」
天井の光が消えた。国王が落とし穴の床を閉めたのだ。再び、穴の中は暗闇に覆われた。
しかし、男にはもうそんなことはどうでもよかった。
「絶対に、絶対に、復讐してやる! 婆さんの仇を取ってやる……」
まるで呪詛のように呟きながら、男の声は闇の中へ消えていった。




