第百二十一話 外伝 モルス2
男が老婆について村人たちに尋ねると、村人たちは老婆のことを知っている様子だ。しかし、その対応がかなり冷たい。
「ああ、あの魔女か。自業自得だ」
「悪行を続けていたんだ。当然の報いだ」
「魔女がいなくなって、あの森もやっと安全になった」
村人たちは老婆を快く思っていない。それどころか、忌々しいものとして蔑んでいた。それは男が森で老婆と暮らしている時から変わっていない。
老婆は魔女だ。魔女とは魔力の才能を持った者が、人とあまり交流することもなく独学で魔法を研究している者たちのことだ。一般的に変わり者が多く、周囲から奇異の目で見られる。
そのため、魔女は人気のない場所でひとりで暮らしている者が多い。老婆も例外なく、周囲の住民からは忌々しい者と見られていたのだ。
もちろん、老婆は何も悪いことはしていない。それは一緒に暮らしていた男が一番良く知っている。確かに変わり者であることはその通りだが、誰かに迷惑をかけることは何もしていない。
しかし、辺境の地にある小さな田舎の国では、「魔女は悪い者」と迷信を信じる者が多いのもまた事実だった。
男が大声で尋ね回っていると、小さな村だ、いつの間にか村人たち全員が男の周りに集まってきていた。
「森で暮らしていた老婆はどこへ行ったのですか?」
村人たちは怪訝そうに男を見ながら、男の質問には答えずに村人同士で話し合う。
「そういえば、コイツは魔女と一緒に暮らしていた奴じゃないか?」
「ああ、見覚えがある。一緒にいた男だ」
「いつの間にか、森からいなくなっていると思ったが、戻ってきていたのか」
「ちょうど良い機会だ。コイツも魔女と同じように国王様の所に連れて行こう」
村人たちの会話を聞いていた男は驚く。
「国王様の所へ連れて……まさか、あなたたちが老婆に何かしたのか?」
男の声は震えていた。それを見て村人が馬鹿にしたように笑う。
「魔女は危険だからな。だからといって、俺たちでは何もできない。困り果てていたが、半年ほど前、なんと国王様が村に視察にいらしたのだ。その時に魔女のことを話したのだ」
「国王様は、俺たちの苦しみを知って、お供の兵士たちに命じて魔女を捕まえてくださった」
「なんとも、慈悲深い国王様だ」
村人たちは口々に感謝を述べているが、対照的に男の表情は険しいものへと変わっていく。
「つまり、お前たちが老婆を追い出したのだな?」
男は口調さえも変わっていた。その変化に村人たちは気付いたが、彼らは悪いことをしていると思っていたない。それどころか、魔女が森にいることを国王様に話せて嬉々としている。
「ああ。俺たちが追い出した。近くに魔女がいるなんて、怖くて仕方がないからな」
「今頃は王都の牢獄にでもいるんじゃないか」
「いや、殺されているかもな」
村人たちは笑い合う。それが、ますます男の感情を大きく揺さぶり続ける。
「お前も魔女の仲間だ。捕まえて、国王様の所へ連れていってやる」
「抵抗してもいいぞ。強そうだが、さすがに俺たち全員相手には敵わないだろうがな」
男には魔力がないと、村人たちは勝手に勘違いしているようだ。老婆は男の身を案じて、人前で魔法を使わせることがなかったからだ。老婆の優しさが今更ながら、男には身に染みて良く分かる。
しかし、目の前の村人たちは、そんな老婆を無実の罪で告発したのだ。ただ、老婆が魔女というだけで。
「なぜ、そんな酷いことができる…」
男はこれからの人生を貧困で困っている人々のために捧げるつもりだった。それが、老婆の願いでもあり、自分自身の罪滅ぼしだと思っていたからだ。
しかし、村人たちを見て、その気持ちが音を立てて崩れていく。
(俺はこんな人間たちを助けるために、生きていこうとしていたのか?)
「そういえば、あの魔女、泣いて叫いていたぞ。お前のことを心配してな」
「……どういうことだ?」
「俺たちも兵士たちと一緒に魔女の住処へ行ったんだよ。それで、俺たちは住処を破壊したんだ」
「そしたら、あの魔女が『やめてくれ! 家を壊されたら、あの子が戻ってくる場所がなくなってしまう』って、泣きながら叫んでな」
家を破壊したのは村人たちだったのだ。男の周りにいる村人たちは皆笑っている。
「まぁ、いい。お前も魔女の仲間だ。お前を捕まえて……」
その村人は最後まで言葉を続けられなかった。
全身が火だるまになってしまったからだ。
「ぎゃー、熱い、熱い!」
火だるまにしたのは、当然ながら男の魔法だった。男の心の中で何かが切れた瞬間だった。火だるまの村人はそのまま倒れて動かなくなった。
他の村人たちは怯んだが、恐怖より怒りの方が優ったようだ。
「お前が殺したのか!」
「やはり、お前は魔女の仲間だ!」
「コイツを殺せ!」
村人たちが男に襲いかかる。しかし、先に男は再び魔法を放った。
「火炎の竜巻」
突然、炎の渦を巻いた巨大な竜巻が現れたかとおもうと、村人たちを襲い始めた。
巨大で素早く動き回る竜巻に、村人たちは次々に飲み込まれていく。
「ぎゃー!」
「ひぃー、来るな、来るな!」
「熱い、熱い、熱い!」
いくつもの村人たちの悲鳴が重なり合う。
「火炎の壁」
村人たちは逃げようとするが、小さな村だ。男が火炎の壁で村の周囲を囲むと、全ての村人が閉じ込められてしまった。
「お助けを、お助けを!」
誰もが必死になって懇願するが、怒りに身を委ねている男は許すつもりはない。
「お前たち、全員、死ね!」
男の怒りはますます激しさを増す。それに合わせるかのように火炎の竜巻も激しくなる。
村人たちは火炎の壁に阻まれて逃げ出すこともできずに、一人また一人と炎の中で焼け死んでいった。
それから暫くして、村人は全員死んだ。男によって殺されたのだ。
しかし、男は全く後悔をしていなかった。老婆を密告したのは村人たちだからだ。
「当然の報いだ」
男は吐き捨てたが、まだ終わってはいない。
男はこの国……ヘルダンス王国の王都に向かおうとしていた。老婆を救うためにだ。
村の馬小屋から馬を一頭連れ出すと、男は王都へと走り始めた。




