第三十三話 影の支配者
ウルたち全員がシャスターに負けた。
その一部始終を見ていたフーゴたちはパニック状態になっていた。
そもそも、シャスターは簡単に殺されるはずだった。
それが有り得ないことにシャスターが勝ってしまったのだ。
しかも圧倒的な実力差で。
王領騎士団の幹部たち全員がシャスターにひざまずいている光景はなんとも異様な光景だった。
これから王領騎士団は大変なことになるだろう。
しかし、フーゴたちにとって他人の心配より自分たちのこれからの方が大問題だ。
ウルが身の安全のためにフーゴがシャスターを殺すように頼んだとバラすのは時間の問題であったからだ。
フーゴたちは顔からずっと汗が流れ落ちている。最悪の状況が目の前で起きようとしている。
「フーゴ殿、我々はどうなってしまうのでしょう?」
「そ、そんなこと決まっているだろ!」
フーゴは騎士たちを怒鳴り散らした。
「ここにいる全員処刑だ。仮に小僧が許しても、ウルが自分の立場を守るために処刑するはずだ」
投げやりに吐き出したフーゴとは対照的に他の者たちは青ざめていた。恐怖のあまり身を重ねて震えている。そんな腹心たちを見ながらフーゴもかなり焦っていた。このままでは確実に殺されてしまう。
殺されない方法はただ一つ。
「お前たち、今すぐここから逃げるぞ!」
「逃げるのですか?」
震えているだけの腹心たちをフーゴが叱咤する。
「そうだ。王国から逃げて身を隠すのだ。身分は剥奪されるだろうが、処刑されるよりマシだろ」
「助かるのですか?」
「ああ、急ぐぞ!」
騎士たちは立ち上がると、観覧席から逃げようとした。
まさにその時だった。
「おーい、フーゴ」
あり得ない人物の声が聞こえてくる。
呼ばれたフーゴは驚きと緊張のあまり、さらに汗がびっしょりと顔から流れてくる。
一瞬無視しようと思ったが、そんなこともできるはずもなく、フーゴは声がした方向、観覧席の遥か下をゆっくりと覗き込んだ。
そこにはフーゴが絶対に会いたくない人物……シャスターが笑顔で手を振っていた。
その姿を見た瞬間、フーゴは観覧席から崩れ落ちた。
「もう駄目だ……」
試合中、フーゴが目が合ったのは気のせいではなかったのだ。
一気に生気を失ったフーゴに対して、シャスターが呼ぶ声が何度か響き渡る。
「おい、呼ばれているぞ。下に降りた方がいいんじゃないか?」
突然、後ろから声が響いた。全員ビックリしながらも後ろを振り向く。
そこに立っていたのは傭兵隊長エルマだった。
「ど、どうして、エルマ殿がこんなところに?」
腹心のひとりがフーゴの代わりに声を震わせながら叫ぶ。当然、いるはずもない人物がいることで全員が驚いていた。
「いや、俺もシャスターの戦いが見たくてな。ここが特等席だと聞いたので来たのだ」
半分本当で半分嘘である。エルマはシャスターを救出するために、盗賊ギダにこの闘技場の構造を調べさせていたのだ。そして、ギダの作成した見取り図でこの観覧席があることが分かったのだ。
当初エルマとしては、観覧席からロープを投げてシャスターを救出し、すぐに逃げ出そうとしたのだが。
「俺の心配は杞憂だったな」
エルマとしては笑うしかなかった。まさかこんな結末になるとは、エルマの常識の範囲をはるかに超えている。
シャスターが強いことは分かっていた。それもとんでもなく強いことも分かっていた。
しかし、目の前で起きたことは……王国最強の騎士たち複数人をたったひとりで、それも一瞬で倒してしまうなど、常識外としか言いようがない。
さらにウルたち王領騎士団を従えてしまうとは。
いや、今はそれを驚くより先にフーゴたちに対してすべきことがある。
「ほら、お前たち。さっさと降りるぞ」
エルマに半ば無理やりに歩かされながら階段を降りていくフーゴたちは、さながら死刑囚が死刑台に連れて行かされるような状況だった。
そして、やっと下の闘技場に着く。
「あれ、エルマ隊長もいたの?」
「ああ、途中からだったがな。お前の戦い、見させてもらったよ」
そう言いながら、エルマはフーゴたちの背中を強く押し、シャスターの前に突き出した。
「シャスター様、こいつらが私をそそのかしたのです」
ウルが指をさしながら、強い口調でフーゴたちを非難する。
それに対してフーゴは言い返すことができなかった。なぜなら、そもそもフーゴたちからしてみれば、ウルは雲の上の存在であり絶対の権力者だ。その絶対の権力者から非難を受けたら言い訳などできるはずもない。
「こいつらこそ、シャスター様にとって悪の根源。私が一刀両断してくれましょう」
ウルの変わり身の早さにシャスターは内心苦笑していた。
しかし、ウルの王国一の実力は本物である。片手で構えた剣は青白く光っており、その威圧感から冗談ではなく本当にフーゴたち全員まとめて一刀だけで斬り殺せるだろう。
それをまざまざと見せられているフーゴたちは恐怖のあまり失神しかけている。
だが、シャスターはウルの前に立ち塞がった。
「いや、フーゴたちは殺さなくていいよ」
意外な言葉に闘技場にいる全員が驚く。
「しかし、こいつらを生かしておいても後々害を残すだけですが?」
「いや、大丈夫だ。西領土騎士団長としてフーゴたちと上手くコミュニケーションがとれていなかった俺にも非があるしさ」
「良いのか? シャスター」
エルマも反対だったが、当の本人がそれで良いのなら止めようがない。
「良かったな、お前たち」
「シャスター様、ありがとうございます!」
フーゴたちは土下座しながら頭を下げる。
「でも、次はないからね」
シャスターは鋭利な笑みで警告する。フーゴたちは凍り付くような冷たさで背筋がゾクッとして震え上がる。
「ところで、ウル」
「はっ、何でしょう?」
「やっぱりウルはそのまま王領騎士団長を務めてよ」
シャスターが王領騎士団長に就任することは現実問題として無理だからだ。
そもそも、今回の件をオイト国王に話すこと自体できるはずがない。仮に話したら、国王は試合に負けたウルたちを許すはずがない。処刑されることは目に見えている。
そう考えると、今までの体制のままで良いとシャスターは思ったのだ。
「ただし、王領騎士団の実質支配者は俺ということで。まぁ、影のボスみたいな存在かな。俺は王領騎士団のことは何も知らないし、興味もないからさ。今までどおり全てウルが仕切ってくれて構わないよ。何をしても一切口を出さないから」
つまり、実質今までと何ら変わることがないということだ。ウルはこれからも王領騎士団に好きなように命令を出せる。
それならば、影のボスなど意味がないと思うのだが……誰もがそう思う中、その意味が唯一分かっているフーゴだけが、シャスターの悪魔の所業に内心震えた。
「それと、俺がボスだと正体を知っているのは、ここにいる者たちだけの秘密ね」
シャスターは笑うが、秘密を口外できる者などいるはずもなかった。まさか一人の少年に王領騎士団幹部が全員倒されたなど言えるはずもないし、信じられるはずもない。
「分かりました、シャスター様!」
みな愛想笑いをする。完全に上下関係が出来上がっていた。
「うん、これからもよろしく」
「ははっ!」
「それじゃ、まずは手始めに騎士団の宝物庫に連れて行って」
「……どういうことでしょうか?」
ウルたちはシャスターの言葉の意味が分からなかったが、フーゴだけは身にしみて分かっていた。
これこそが悪魔の所業だった。
フーゴはあまりにも気の毒な王領騎士団長に向けて、ため息を吐いた。




