第百二十話 外伝 モルス1
辺境の地で生まれたその男は、小さい頃からある能力を開花させていた。
その能力とは魔法だ。
男は自然と魔法が使えていた。指の先に炎を灯したり、さらにその炎を飛ばすことも出来た。
貧民街の孤児として育った男にとって、その能力は生きるためにとても素晴らしいものだった。
魔法に目覚めたのは、子供の頃だった。
ある時、持っていたパンを盗人に引ったくられた。貧民街ではよくあることだ。しかし、まだ子供だった男にとって、その日生きていくための大切な食糧だ。
男は逃げていく盗人に向けて、無我夢中で手を伸ばした。すると、指先から小さな炎が現れた。
しかも、炎は男の指から勢いよく飛び出すと、大きく膨れ上がりながら、盗人を襲ったのだ。
大勢の人々が見ている中、盗人は火だるまになって燃えてしまった。
すると、その日から男の生活は一変した。
殺しの依頼が殺到したからだ。貧民街では殺しは日常茶飯事だ。人殺しの仕事はいくらでも溢れている。
だからこそ、男の魔法は重宝された。人を殺すことなど造作も無いことだったからだ。男は依頼を受ける度に、高い報酬を貰い続けた。
そして数年後、男は十代で貧民街のボスにまで昇りつめていた。
そんな時だ、男の前にひとりの老婆が現れたのは。
「もったいないの」
「なんだぁ? ババア!」
男の取り巻きたちが恫喝しながら老婆に剣を向けるが、老婆は微動だにしないで話を続けた。
「それほど強力な魔力を持っているのに、無駄に使っていることを嘆いておるのじゃ」
「それじゃ、その無駄な魔力でババアを殺してやろうか?」
男はニヤけると掌を老婆に向けた。しかし、それでも老婆は動じない。
「まぁ、お前さんがこんな小さな貧民街のお山の大将で喜んでいるのなら、それでも良いがな」
「何だと、ババア!」
男の掌から炎が放たれた。炎は大きな球となり、老婆に襲い掛かる。しかし、老婆は避けようともしないで軽く呟く。
「火炎の壁」
その途端、老婆の目の前に炎の壁が現れ、男が放った火の球が飲み込まれた。
「!?」
男は驚いた。老婆が自分と同じ炎の魔法を使ったからだ。
「やはり、もったいない」
「……何がだ?」
「いや、なに。もっとしっかりと魔力の修行をすれば、さらに強くなれるのに。こんな場所で閉じこもっておるとは、もったいないと思っただけじゃ」
今度は男は炎を放つことはしなかった。老婆が自分よりも強い力を持っていることが分かったからだ。
「お前さんの放った炎の球は火炎球と呼ばれる魔法じゃ」
「火炎球?」
「ああ。火炎系魔法の基本中の基本の魔法じゃ。だからこそ、お前さんでも自然に使うことができたのじゃ。しかし、我流の火炎球では威力もまだまだ中途半端じゃな」
老婆から指摘されて男は何も言い返せない。その通りだったからだ。男は魔法をうまく使いこなせていないことを自分自身で一番良く分かっていた。
さらに老婆は話を続ける。
「それにお前さん、火炎球以外の火炎系魔法は使えんじゃろ?」
「……」
男はまたも答えられなかった。老婆の言うとおり、炎の球以外の魔法は使えなかったからだ。
「大きな都市に行けば魔法学院がある。そこで魔法を学ぶこともできるのじゃが、残念ながら孤児のお前さんにはツテがない。しかも、多くの殺人も起こしている。門前払いどころか、下手をすれば捕まって処刑されるやもしれん」
「俺はどうすればいいんだ?」
男は老婆の話に吸い込まれていた。自分以上の力を持った者に出会えて、嬉しい気持ちが芽生えたのかもしれない。
「なに、簡単じゃよ。儂と一緒に暮らせば良い」
老婆は笑ったが、男には意味が分からない。
「儂は魔女といってな。お前さんと同じで、ひとりで魔法を学んでおる。しかし、お前さんと違って知識も経験も豊富にある。そこで、儂がお前さんに魔法の知識を伝授しよう」
男は即座に老婆に弟子入りした。今までの貧困街のボスの座を捨てて、遠く離れた老婆が暮らす森で一緒に暮らすことにしたのだ。
新たに始まった老婆との生活は、男にとって新鮮なものだった。
老婆の身の回りの世話を全て男がしなくてはならない。今までボスとして下僕にさせていたことを今度は自分自身でやるのだ。
それに加えて、魔法の勉強や修行は並大抵のことではない。男は毎日早朝に起き、深夜遅くに寝る暮らしが何年も続いた。それでも男は根を上げなかった。大変には違いなかったが、それ以上に魔法を学ぶことは楽しいものだったからだ。
それに老婆はとても優しかった。生まれた時から身寄りのない男にとって、老婆は本当の肉親のように感じていた。
そして、いつしか男は老婆をも越えるほどの魔法を身につけていた。
「やっぱり、儂が見込んだだけのことはある。お前さんに教えることはもうないよ。卒業だ」
修行の最後の日、老婆は自分の倍ほどの身長に成長した男を抱きしめた。
「婆さん……」
男も老婆を抱きしめると涙を流した。この十年ほどの老婆との生活で、男からは子供の頃の刺々しさは消えて去っていた。
「いいかい? 多くの人を殺してきたこと、この罪は消えることはない。しかし、これからの人生を人々の幸せのために使うことはできる。そして、お前さんにはその力がある」
「ああ……分かっている」
それが贖罪だとは思わない。しかし、男は自らそうしたいと心から思っていた。
「ほら、もうお行き。いつまでもメソメソするんじゃないよ」
「婆さん、今までありがとう」
「たまには顔を出すんじゃよ。それが儂への一番の孝行じゃ」
老婆も泣きながら笑った。
「もちろんだ。それじゃ、行ってくる」
男は老婆の肩から手を離すと、振り向くことなく老婆のもとから、森から出て行った。
それから二年後、男は老婆が住んでいる森に立ち寄った。
二年の間、男は旅をしながら各地を周り、貧困に苦しむ者たちを助けていた。
本当はもっと早く老婆に会いにくることもできたのだが、すぐに顔を出すと老婆に「何じゃ? もう寂しくなったのかい」と笑われると思い、二年間我慢したのだ。
二年では森は何も変わっていない。男は懐かしさを感じながら、森の奥にある老婆の家に向かったのだが……。
「……なんだ、これは?」
家が無惨に破壊されている。扉は壊され、窓は割られ、まるで廃墟のようだ。
「婆さん!」
男は家の中を詮索した。部屋中も荒れ果てている。床にはいくつもの穴が空き、壁も壊されている。家具が倒され、魔術道具も破壊されている。老婆の大事にしていた書物も床に落ちて散らかったままだ。
「……いったい、何が起きたのだ?」
男は家中を探したが、老婆の姿はない。
「婆さん……」
家から出た男は、森の中を全力で走り抜け、一番近くの村に向かった。村の住人なら何か知っていると思ったからだ。
大きな不安を胸に抱きながら、男は村にたどり着いた。
皆さま、明けましておめでとうございます。
そして、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!
第四章の本編は前話で終わりましたが、外伝として最後に出てきた敵、知死者の生い立ちを今話から四回にわたって掲載していこうと思います。
彼がどのように知死者になったのか、書いていきますので、第四章もう少しだけお付き合いしてくださいね。
それでは、今年も「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!




