第百十七話 最上位の上
覚悟を決めた知死者は再度魔法を詠唱する。
「高位炎界の閃光」
幻炎の竜の前面に展開している巨大な魔法陣とその周囲に浮かぶ幾つもの小さな魔法陣が複雑な回転をし始めると、巨大な魔法陣から大きな炎の閃光が放たれた。
高位炎界の閃光は、炎界の閃光の小さな魔法陣を全て繋げて中央の巨大な魔法陣に炎界の炎を送り込み、さらに上位の高位炎界の炎を呼び出す魔法だ。
炎界の閃光の魔法陣からの放たれた炎の閃光よりも数十倍も大きな閃光であり、当然ながら威力もさらに凄まじかった。
視界に映る大地の全てが、真っ赤に燃え上がるマグマの大地に変貌する。
これが幻炎の竜と並ぶ、もう一つの聖人級最上位魔法、高位炎界の閃光だ。
「ほぉー、さすが知死者! 高位炎界の閃光も撃てるんだ」
「……汝には効かぬがな」
「まあね。高位氷界の閃光」
シャスターも詠唱すると、同じく幻氷の竜の前面に展開している巨大な魔法陣と周辺の小さな魔法陣が複雑に回転をし始め、巨大な魔法陣から青白い大きな閃光が放たれた。
すると、真っ赤に燃え上がったマグマが再び固まる。
「汝は、やはり高位氷界の閃光までも扱えるのだな……」
シャスターは幻氷の竜に続いて、もう一つの水氷系聖人級の最上位魔法を放った。
シャスターが水氷系の聖人級魔法を扱えることが分かっていたとはいえ、実際に高位氷界の閃光を目の当たりにすると、知死者は感嘆するしかない。
これで、互いに火炎系聖人級の最上位の二つの魔法と、水氷系聖人級最上位の二つの魔法をそれぞれ放ったことになる。
「ところでさ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「……何だ?」
ふいに尋ねてきたシャスターに知死者は目を向けた。
「アンタが恨みを抱いて滅ぼした国……なんだっけ?」
「……ヘルダンス王国だ」
「そうそう、そのヘルダンス王国の王族の子孫たちが帝都エースヒルにいることを教えたのは誰?」
「……」
知死者は答えない。しかし、尋ねた本人は答えてくれないことをあまり気にしていなかった。
「答えたくないのならいいや。それにしても教えた奴は酷いよね。アンタの「縛り」のことを知っていて、敢えて教えたのだから」
知死者は赤い目を暫し閉じた。「五芒星の後継者」の言うとおりだったからだ。
あの男は、こうなることが分かった上で、帝都エースヒルにヘルダンス王家の子孫がいることを教えたのだ。
なぜ教えたのか、その理由を知死者は男に聞かなかった。聞いたところで、本当のことを話すかどうかも分からないし、そもそも知死者にとっては、男が自分を利用していようがいまいが関係ないことだったからだ。
そんな知死者の気持ちを知る由もなく、シャスターは話題を変えた。
「せっかくなので、アンタも見たことがない聖人級魔法でさらに凄い魔法を見せてあげるよ。この間、シーリス魔法学院の後継者のヴァルレインという奴と戦った時に使った魔法なんだけど」
「……火炎系の聖人級魔法では、すでに出している幻炎の竜と、高位炎界の閃光が最上位魔法のはずだが?」
そして、水氷系聖人級魔法でも、すでにシャスターが出している幻氷の竜と、高位氷界の閃光が最上位魔法のはずだ。
それ以上、聖人級の上位魔法などあるはずがない。おかしなことを言う少年に知死者は首を傾げたが。
「それがさ、その上の魔法を編み出したんだよね」
「バカな……」
知死者は思わず唸ったが、その声には覇気がなかった。
シャスターが嘘をつかないことは既に分かっている。分かっているからこそ、聖人級にさらに上の魔法があることを認めざるを得ないからだ。
シャスターが両手を空に向ける。すると、幻氷の竜が、高位氷界の巨大な氷の魔法陣に入っていき、忽然と消えた。
「な、なにをしているのだ?」
「幻氷の竜を媒介にして、高位氷界と幻氷界を繋げる。すると、何倍にも威力を増した高位氷界の閃光を撃つことができるんだ」
「そ、そんな馬鹿げたことが可能なはずが……ない」
シャスターが行っていることは、簡単に言えば聖人級の最上位魔法の二つを掛け合わせたようなものだ。そもそも聖人級の魔法を一つ放つだけでも膨大な魔力を消耗するのに、それを二つ合わせるとは……非常識過ぎて思い付くはずもない発想だ。
「それが、思いついてしまったんだよね。まぁ、俺の編み出したのは当然、火炎系魔法の方だけどね」
シャスターは笑った。
「俺はさ、火炎系の聖人級魔法で、幻炎の竜を使って、高位炎界と幻炎界に繋げた魔法を編み出したのだけど、まさかヴァルレインの奴も同じ魔法を思い付いていたとは驚きだったよ」
後半はエーレヴィンに向けての発言だった。
「まぁ、今回はアンタが火炎系を使っているから、俺はあえてヴァルレインを真似て水氷系の聖人級魔法を使ってみるけど、上手くいくかな……まぁとりあえずはやってみるか」
すでに幻氷の竜を取り組んだ巨大魔法陣は、さらに複雑な幾何学模様が何層も現れ、強烈な光を発して輝き始めている
「幻氷界の閃冷光」
シャスターが叫ぶと、巨大魔法陣から細い一条の青白い光線が放たれた。
見た目だけでいえば、今までの魔法に比べたら派手さもないし迫力もないただの光線だ。
しかし、その威力は今までの魔法攻撃の比ではなかった。光線が当たった地面は瞬時に凍りついた。
しかも、地面だけではない。空気までもが凍りついた。周辺一帯が巨大な氷の塊と化する。
さらにシャスターの放った魔法は、知死者の幻炎の竜までも襲い始めた。炎に包まれているドラゴンが凍り始めたのだ。
「な、なんだと!?」
知死者が驚く間もなく、巨大な幻炎の竜は全身が凍りついてしまった。
聖人級最上位魔法、幻炎の竜を瞬く間に凍らせる魔法、そんなものが存在するのか。
知死者は空を見上げた。幻炎の竜だけではなく、巨大な炎の魔法陣も氷で砕け散ってしまっていた。
知死者の放った聖人級最上位魔法は二つともイオの後継者には全く歯が立たなかった。
しかも、屈辱的なことに、イオの後継者は火炎系魔法ではなく、水氷系魔法で知死者の魔法を破壊したのだ。
これこそが、本当の聖人級の最上位魔法だ。知死者は認めざるを得なかった。
知死者は疲れたかのように肩を落とす。
ここまでだった。
勝敗は完全に決した。




