第百十六話 執着心と縛り
「もしかして、イオ魔法学院の後継者だから、火炎系魔法しか使えないと思った?」
「当たり前だ! そもそも魔法使いは一系統の魔法しか覚えるのは無理だ!」
知死者でさえ、死後千年もの間、ずっと魔法の修行をし続けて、やっと火炎系魔法レベル六十台、聖人級まで到達したのだ。
それをたかが十数年しか生きていない少年が自分と同レベルの火炎系魔法を使う……それだけでも到底信じられないことだが、百歩譲って相手はイオの後継者だ。生まれながらに自分とは桁違いの魔力を持っていたと考えれば、少年がレベル六十台でも何とか納得はできる。
しかし、それでも使えるのは火炎系魔法だけだ。間違っても他の系統魔法まで扱えるはずがない。
「でも、それじゃこの光景はどう説明するの?」
シャスターが意地悪く質問をする。シャスターの後ろには、確かに水氷系魔法、しかもレベル六十台の聖人級魔法が発動しているのだ。
つまり、この少年は火炎系も水氷系も扱えて、しかも両系統ともレベル六十台の聖人級の魔法が使えるということなのか。
それこそ、本当に化け物だ。
「化け物め……」
知死者は認めざるを得なかった。
「ちなみにさ、火炎系と水氷系以外の他の三系統の魔法もそこそこ使えるんだよね」
「!?」
知死者は一瞬信じられないと思ったが、すぐにそれが本当のことだと受け入れた。この少年が嘘をつく必要がないと分かったからだ。
「これが『五芒星の後継者』の実力なのか……」
知死者は苦笑した。どうあがいても敵うはずがないからだ。
そんな知死者にお構いなく、シャスターは話を続ける。
「知死者になる条件、それは高位の魔法使いが死ぬ間際に現世への強い執着心を持つことだ。アンタが何に執着して知死者になったのか知りたいな」
「……」
「きっと、帝都エースヒルを襲う理由と関係しているんでしょ?」
知死者と出会ったばかりの時、シャスターは同じ質問をしたが、知死者は答えずに戦いを始めた。
しかし、今は状況が違う。力の差が歴然としているからだ。強者を前にして知死者に答えない選択肢はない。
「……我は千年前、ヘルダンス王国を滅ぼした者だ」
「ほぉ」
声を上げたのはシャスターではない。東大門の上から眺めていたエーレヴィン皇子だった。
エーレヴィンはマジックアイテムで戦場の会話を聴くことができているが、シャスターと知死者にはエーレヴィンの声は届かない。
「ヘルダンス王国……アスト大陸北に位置する人口三十万人ほどの小国だったはずだ。文献には千年前に突然滅びたと書かれていたが……なるほど、この知死者が滅ぼしたのか」
エーレヴィンは納得したかのようにひとり頷いた。
その間にも知死者の話は続く。
「千年前、ヘルダンス王国の王族たちは皆殺しにしたはずだった。しかし、国王の娘が一人生きていたことを最近知った。当時、その王女は留学していたため、我は知らなかったのだ」
「それが帝都エースヒルを襲うこととどう繋がるの?」
「留学先がエースライン帝国の帝都エースヒルだったのだ。ヘルダンス王国が突然滅んだことを知った王女は、自らの身を守るために王族の身分を捨て、帝都の一般市民となってその生涯を終えたらしい」
「それで?」
「帝都には彼女の子孫たちがいるはずだ。我が望みは、ヘルダンス王国の王族を全て滅ぼすこと。王女の血を受け継いだ者は全員殺す」
「馬鹿馬鹿しい」
「なに?」
聞き返した知死者の赤く光る目に怒りが満ちてくる。自分の崇高なる望みを「馬鹿馬鹿しい」と簡単に片付けられてしまっては怒るのも当然だ。
しかし、シャスターは全く気にしていない。
「帝都にその王女の子孫が何人いると思っているの? 千年も経っているのだから、何千、何万といるはずだ。本人たちでさえ子孫であることを知らないのに、それを探し出す? 無理に決まっている」
「無理なのは重々承知だ。探し出す方法もない。だから、帝都エースヒルを滅ぼすことにした」
「さらに、馬鹿馬鹿しい」
「なんとでも言うがよい。我の深い悲しみと憎しみ、その恨みを晴らすためには、我は何でもやり遂げる」
再び知死者の赤い目が光った。強い決意の表れだ。
「帝都にはヘルダンス王国王族の末裔がいる。それが分かった以上、我は滅ぼさなくてはならない」
「……そうか! アンタが知死者になった強い執着心はヘルダンス王国への恨み、そしてそれがアンタの『縛り』か」
シャスターは頷きながら納得した。
知死者の「滅ぼせるはずもない帝都を滅ぼす」という、矛盾している行動理由がようやく分かったからだ。
「現世への執着心が強ければ強いほど、知死者に転生する可能性は高まるけど、それと同時に『縛り』も発生するからね」
「……」
「『縛り』とは、強い執着心によって知死者になった者の義務。自分の意志とは関係なく、必ず完遂しなければならない。執着心と縛りは表裏一体、知死者の存在意義のようなものだ。そして、アンタの『縛り』はヘルダンス王国の王族を根絶やしにすること」
「……その通りだ。詳しいな」
知死者は、自分を殺したヘルダンス王国に強い恨みを持って転生したのだ。
そして「縛り」はヘルダンス王家を根絶やしにすること。
知死者にとって王家の根絶やしは当然のことだった為、ヘルダンス王国を滅ぼした時に王家の者たちも皆殺しにして「縛り」を完遂させた。
しかし、最近になって、王家の生き残りの末裔たちが帝都エースヒルにいることを知った。「縛り」は必ず完遂しなければならない。
もちろん、いくら強者の知死者でも、帝都に単独で攻め入って勝てるなどとは思ってもいない。しかし、「縛り」によって知死者の意思に関係なく、帝都を滅ぼさなくてはならないのだ。
「だからアンタは帝都エースヒルに攻め入るしかなかった」
「そうだ。王族の末裔たちが生きていることを知ってしまった今、我は帝都を襲わなくてはならないのだ。そのためには汝がいかに強くとも倒さねばならぬ」
「無理だと分かっていても?」
「それが我の『縛り』であるからな」
知死者は声を出すことなく自嘲気味に薄く笑った。




