第百十五話 あり得ない魔法
しかも、炎の中から出てきたシャスターは全くの無傷だ。
「う、うそだ……あれほどの炎の中で無事であるはずがない!」
「そう言われてもね。実際にダメージはゼロだし」
シャスターは笑ったが、知死者は驚愕したままだ。
「それに……何だ? 汝のその姿は……」
知死者がシャスターを指差した。シャスターの服装がいつの間にか変わっていたからだ。
それは白を基調とした美しく、それでいて変わった様相のローブだった。
ローブの縁などには随所に黄金色や赤色の刺繍や模様が施されているが、肩や胸、腰の一部には金属が使われていてしっかりとした造りとなっている。まるで、ローブと鎧の中間のような服装だ。
そんな優雅さと機能美を兼ね備えた美しいローブの胸には、イオの紋章が刻まれた五芒星が美しく輝いていた。
千年生きてきたが、こんなローブを見たことがない。知死者は神々しいローブに思わず息を飲んだ。
「これはさ、俺だけが着ることができるイオの後継者のローブなんだけど、全ての炎の攻撃を無効化することができるんだよね」
シャスターの説明を聞いて、知死者は唖然とした。
「そんなデタラメ過ぎるローブがあるはずがない!」と叫ぼうとしたが、知死者には言葉が出せなかった。
相手は神話にも登場するような伝説の魔法学院、火炎系魔法最高峰のイオ魔法学院の後継者だ。反則級のアイテムを一つや二つ持っていて当たり前なのだ。
その瞬間、知死者は戦う気が失せた。
自分は火炎系の魔法使いだ。であれば、火炎系魔法を無効化するローブを纏った相手に最初から敵うはずがないのだ。
「戦う前から勝敗はついていたとは……我を弄んだか?」
「そんなつもりはないさ。そもそも火炎系魔法を無効化するローブなんて反則だし」
「それを汝が言うのか?」
知死者の声には皮肉が嫌というほど含まれていた。しかし、シャスターは気にも留めない。
「いや、アンタに勝つ方法なんて、いくらでもあると言いたかっただけさ」
突然シャスターは白いローブから元の服装に戻った。不思議そうにしている知死者を無視して、シャスターは魔法を唱える。
「氷地獄」
「幻氷の竜」
シャスターは立て続けに二つの魔法を唱えた。すると周囲の温度が急激に下がり、地面を覆っていた溶岩のマグマが冷却され固まる。さらに大気中には無数の氷の塊が浮かび始めた。
さらに今度はシャスターの後方に巨大なドラゴンが現れた。
知死者が出現させた炎でつくられたドラゴンとは似て非なるもの…… 氷地獄を繋げてつくられた氷のドラゴンであった。
知死者がつくった炎のドラゴンと、シャスターがつくった氷のドラゴンは、互いに威嚇するかのように咆哮を上げる。すると、炎と氷が混じり合い、大量の雨がシャスターと知死者の頭上に降り注ぐ。
その二人の表情は対照的だった。一方は余裕の笑みを浮かべているが、もう一方は恐怖に引きつった表情……眼孔の奥の赤い目が震えている。
「馬鹿な……あり得ぬ……」
慄いている知死者を無視して、シャスターは両手を天に向ける。
「氷界の閃光」
すると、氷のドラゴン前に巨大な青白い魔法陣が現れ、さらに魔法陣の周りを囲むようにいくつもの魔法陣が現れた。
先ほどまで知死者が唱えた火炎系の聖人級魔法、炎界の閃光と同じだ。
ただし、知死者とは根本的に違うところ、それはシャスターの魔法陣もまた、ドラゴン同様に炎ではなく氷でつくられたものだということだ。
「さてと、これで対等かな」
いつの間にか大量の雨は止んでいた。シャスターの顔がくっきりと見えると、知死者は後ずさりをした。
「く、くるな、化け物!」
知死者が叫ぶ。
「心外だなぁ。見た目でいえば、アンタの方がよほど化け物だと思うけど?」
シャスターはため息を吐くが、知死者はさらに後ずさりをする。
「見た目ではない! 汝のその魔法はなんだ!? なぜ火炎系魔法使いの汝が、水氷系の魔法が使えるのだ?」
知死者の恐怖を超えた驚きは当然のものであった。
東大門の上からその光景を眺めているエーレヴィンはひとり楽しんでいた。
「二体のドラゴンに魔法陣……奇しくもアイヤール王国でのシャスターとヴァルレインとの戦いの終盤と全く同じ光景のようだな」
エーレヴィンはその光景を直接は見ていないが、情報と映像で見ていた。
「しかし、だだ一つ違うことは……」
当然ながら、シャスターが水氷系の魔法、しかも聖人級魔法を使っていることだ。
「まぁ、確かに火炎系最高峰、イオ魔法学院の後継者であるシャスターが、水氷系の魔法を使えば驚くのは当然か」
普通に考えれば、シャスターの魔法はあり得ないものだ。
魔法使いは、一つの属性の魔法しか使うことができない。例えば、火炎系は火炎系のみ、水氷系は水氷系のみ、ということだ。これは、魔法使いのレベルを一つ上げることが非常に難しいからだ。
そもそも、魔力の資質がある者でも、多くの魔法使いはレベル一桁台、つまり初級で一生を終えてしまう。レーシング王国のオイト国王でもレベル八の火炎系魔法使いだった。
魔法の資質のある者の中でさらに優秀な者たちだけがレベル十台の中級や、レベル二十台の上級になれる。そして、さらに上のレベル三十台の超上級ともなると、そもそも絶対数の少ない魔法使いの中でもほんの一握りだけとなってしまう。
「そういえば、アイヤール王国に現れたヴァルレインの偽者も超上級の魔法使いだったか」
エーレヴィンは報告書を思い出していた。
このようにレベルを上げること自体が非常に大変な魔法使いが、いくつもの系統の魔法を覚えられるはずがないのだ。
「しかし、それを可能にするのが、『五芒星の後継者』たちだ。そう考えると、確かに知死者が言う通り、化け物には違いないか」
エーレヴィンは柄にも無く大笑いすると、二人の戦いに目を向けた。




