第百十四話 挑発
夜空には炎でつくられた巨大なドラゴンが咆哮を上げている。シャスターが立っているマグマの上にもその振動が伝わってきた。
「ヒドイな。俺の炎地獄の魔力を勝手に使って、幻炎の竜を出現させるなんて」
シャスターが知死者に口を尖らせて文句を言う。
幻炎の竜は異界の炎地獄から魔法陣を繋げてつくり出すのだが、知死者はシャスターが唱えた炎地獄を使ったのだ。
「汝の炎地獄を利用させてもらった為、我も初めて見るほどの見事な幻炎の竜が出現されることができた」
通常であれば、レベル六十台の聖人級魔法である炎地獄を唱えるだけで、かなりの魔力を消耗してしまう。しかし、シャスターの炎地獄をそのまま使った為、知死者は膨大な魔力を使わずに幻炎の竜をつくり出すことができたのだ。
全てを焼き尽くす炎のドラゴンは、シャスターに向けて炎の息を放った。凄まじい炎が襲い掛かるが、シャスターは間一髪で避ける。
「再び立場が逆転したな。今度は汝が襲われ続ける番だ」
余裕の声を上げた知死者は、ドラゴンの炎を避け続けているシャスターに笑いかけた。シャスターは素早く動いてはいるが、巨大なドラゴンの炎の前ではいつか体力が切れてしまうのは明白だからだ。
しかし、シャスターは全く焦る様子もなく、炎を避けながら知死者を挑発する。
「せっかく幻炎の竜を出したのだから、もう一つの聖人級の最上位魔法も使えるんでしょ? そっちも出してよ」
「汝には幻炎の竜だけでも充分に見えるが?」
「あれ。もしかして、もう聖人級魔法を使えるほどの魔力が残っていないとか? 他人の炎地獄を使ったから、まだ魔力が残っているかと思っていたけど……存外知死者の魔力も大したことないんだね」
シャスターの失礼な挑発にも知死者は大声を上げたりはしない、ただ、目の奥の赤い灯が一層暗く輝く。強い怒りを感じている証拠だ。
「そこまで言うのなら、いいだろう。炎界の閃光」
知死者は両手を天に向けた。
すると、ドラゴン前に巨大な魔法陣が現れ、さらに魔法陣の周りを囲むようにいくつもの小さな魔法陣が現れた。
ただし、小さいといっても巨大な魔法陣の大きさと相対的に比べてだ。実際には一つひとつの小さな魔法陣は、人間の身長の数倍は大きい。
さらに、小さな魔法陣から何本もの赤い炎の閃光がシャスターに向けて発射された。聖人級の魔法だ、当然ながら赤い閃光はただの炎ではない。全てを燃やし尽くす炎界の炎なのだ。
ドラゴンの炎の息を避けるのが精一杯のところへ、いくつもの炎の閃光がさらに追い打ちを掛けて襲ってきたのだ。体術が優れているシャスターでも避けられない。
あっという間に、シャスターの全身が炎に包まれる。
「前座の炎界の閃光で終わりか。挑発してきた割には、もう一つの聖人級最上位魔法を見せる前に……残念だ」
知死者は憐れむように赤い目を細めた。
「炎の耐性が強いイオの後継者といえども、幻炎の竜の炎と、炎界の炎を浴びているのだ。無事であるはずがない」
知死者は勝利を確信した。
その間も炎の息と炎界の閃光は止まることなく、激しく炎をシャスターに浴びせ続ける。
「もうそろそろ、いいだろう」
知死者の合図で炎の攻撃は止んだ。
しかし、目の前の巨大な炎はまだ燃え続けている。その中にうっすらと黒い人影が小さく見える。燃え尽きたシャスターだろう。
「ほぉ、立ったまま焼け死ぬとは。さすがはイオの後継者というべきか」
知死者は皮肉を込めて笑ったが、すぐに笑いが止まってしまった。
炎の中の黒い人影が動いた気がしたからだ。
「い、いや、そんなはずはない。見間違えか……」
レベル六十台、聖人級の中でも最上位魔法をモロに喰らったのだ。生きているはずがない。
「……!?」
しかし、炎の中の人影はやはり微かに動いている。
目の錯覚ではなかったのだ。
「ば、ばかな……」
知死者は信じられなかった。
だが、信じられない状況はそのまま続き、炎の中で黒い人影は歩き始める。
そして、ついに炎から出てきた。
知死者は驚愕したまま、動くことができない。
そこにはシャスターが立っていたからだ。




