第百十三話 炎のドラゴン
シャスターを中心に地面が地盤沈下を起こし始める。さらに地面の底からはドロドロした真っ赤な液体が溢れ出してきた。
岩石さえも容易に溶かすマグマだ。
マグマは急速に辺り一面に広がり、二人が戦っている場所は灼熱の海となってしまった。
「これはレベル六十台魔法の炎地獄!」
知死者は無い汗を拭う仕草をしていた。
目の前の光景が信じられない。しかし、現実に自分がマグマの海に立っているのだ。
「……やはり、汝は聖人級魔法を扱えるのだな。しかし、その魔力の量はなんだ? 高レベル魔法を何度も放っておきながら、なぜ魔力が切れない?」
シャスターはそれに対して答えない。代わりにマグマの大波が知死者に襲い掛かってきた。
いくら上級アンデッドといえども、炎地獄のマグマの直撃を受けたら危険だ。知死者はマグマの大波を避けるが、大波は次から次へと襲い掛かってくる。
「ほらほら、避けているばかりじゃ、つまらないよ。早く応戦してよ」
いつの間にか、立場が逆転し、一方的な戦いになっていた。
知死者は避けながらも必死になって考える。どうしてこうなってしまったのかと。
元々、知死者はエースライン帝国からは遠い辺境地で、独り魔法の鍛錬を積んでいた。
そこにあの男が現れた。
男はエースライン帝国の帝都エースヒルに、ある者たちがいることを告げた。
その事実を知れば、必ず知死者が帝都に向かうことを知っていたからだ。
「エースライン帝国は巨大です。いくら知死者の貴方でも、今のままでは帝都エースヒルを襲うことは無理です。そこで私が少し力を貸しましょう」
そう言って、男は「魔物の王」をエースライン帝国各地に放つことを約束した。そうすれば、戦力分散されて、帝都の守りが薄くなるだろうと。
そして、実際にエースライン帝国にはゴブリン・ロード、コボルト・ロード、そしてオーク・ロードに率いられた大軍が進軍した。
しかし、知死者にとっては、そんなことはどうでもよいことだった。
そもそも知死者は高い知能と知識を待っている。たかが「魔物の王」を三匹放った程度で、エースライン帝国が微動だにするはずがないことは知っている。男の考えは楽観を通り越して夢物語だと、知死者には分かっていた。
しかし、それでも知死者は帝都エースヒルに行かなくてはならない。そして、帝都を襲わなくてはならない。
それがどんなに無謀なことだとしても。
「そうか! 汝の正体がようやく分かった」
「ん?」
「イオの後継者だな?」
マグマの大波がやっと収まり、知死者はシャスターと対峙した。
「それであれば、その常識外れの強さも納得できる」
伝説の「五芒星魔法学院」のひとつ、イオ魔法学院……その後継者が目の前にいるのだ。知死者としても驚きを禁じ得ないが、それでも千年修行してきた自分が負けるとは思っていない。
「イオの後継者と戦えるとは……面白い。それでは我も本気を見せよう」
知死者が両手を天に向けると、遥か頭上に赤く輝く巨大な魔法陣が現れた。
「幻炎の竜」
知死者が叫ぶと、巨大な魔法陣からゆっくりと炎のドラゴンが現れた。
「ほぉ。火炎系魔法、聖人級の中でも最上位魔法の幻炎の竜か!」
二人の戦っている場所から少し離れた東大門、その頂上から見ているエーレヴィンが感嘆した。幻炎の竜を直接見るのは初めてだからだ。
「確か、先日のアイヤール王国でシャスターとヴァルレインが戦った際、シャスターが幻炎の竜を出現させたらしいが、「五芒星の後継者」以外でもあの魔法を使えるとは……さすがは知死者と言うべきか」
エーレヴィンは素直に知死者を賞賛していた。
一方、慌てふためいているのは、リクスト将軍不在の帝都防衛司令室だ。リーブ副将が汗を拭きながら命令を出す。
「アレは確か、聖人級最上位魔法でつくられたドラゴンだ。東大門はどうなっている?」
「第一級戦闘用防御魔法を維持しています」
「この際、他の門の防御魔法の出力が下がっても構わん。東大門の防御魔法の出力をもっと上げろ!」
「了解しました!」
直後、司令室のモニター越しに、東大門から防壁一帯に張られている半透明のバリアの色が一層濃くなる。
「これで、聖人級最上位魔法が当たっても、被害は最小限に抑えられるはずです」
士官の言葉にリーブ副将は大きく頷いたが、まだ安心はできない。
「気を抜くなよ。そのまま最大限に防御魔法出力を維持しろ」
「はっ!」
リーブ副将は前面に映るいくつものモニターを見つめた。その一つには東大門の上に立って、イオの後継者と知死者との戦いを見続けている皇子の姿が映っている。
軽くため息をついたリーブ副将は椅子に思いっきり深く腰をおろすと、二人の戦いに集中した。




