第百十一話 勇者級 対 勇者級
「炎流跳躍」
シャスターが天高く跳躍した。その高さに亡魔の騎士も攻撃が届かない。
帝都に歩き始めていた知死者の足も止まる。
「なるほど、炎で気流を起こして跳躍したか」
知死者は空に跳んで逃げたシャスターを見上げた。
炎流跳躍とは、両足の裏に炎の気流を作り、その威力で空高く跳び上がる魔法だ。
実際にシャスターは十メートル以上もの上空に跳んでいた。しかし、この魔法には時間制限がある。
「炎の気流に乗っていられるのも十数秒程度、落ちてきたところを亡魔の騎士は逃がさない」
知死者は冷静に分析した。
一時的に亡魔の騎士から脱出できたが、それも僅かな時間だ。落ちてきたところを狙えば良いだけだ。
しかし、シャスターは全く動じていない。
「十数秒あれば充分。燃える花びら」
シャスターが唱えると、巨大な炎でできた六枚の花びらが地上に舞い降りてきて、亡魔の騎士一体を包み込んだ。
「燃える花びら……燃え盛る花の中に閉じ込めた者を灼熱の炎で焼き殺すレベル四十台の勇者級魔法か。しかし、たった一体の亡魔の騎士のみを閉じ込めても無駄だぞ」
残り四体は無傷のままだ。さすがに同時に五体分の勇者級魔法を唱えることはできない。
しかも、シャスターが地上に落ちてくるまでの僅かな時間しか残されていない。
しかし、それでもシャスターは動じていない。
「一体だけじゃ、ないけど」
シャスターの言葉が示すとおり、さらにいくつもの巨大な炎の花びらが地上に落ちてきた。花びらは四体の亡魔の騎士たちも包み込んでいく。
そして、ついには五体全ての亡魔の騎士が、燃え盛る五輪の炎の花に包み込まれてしまった。
亡魔の騎士たちは、花びらの外に出ようと剣を振るっているようだが、花びらはビクともしない。このままでは亡魔の騎士が燃え尽きてしまうのも時間の問題だろう。
「馬鹿な! 燃える花びらを汝は一度しか唱えていないはず!?」
「一度の詠唱で五つ分の魔法を放ったのさ」
「そんな、非常識な……」
知死者から余裕の表情が消えた。予想外の出来事が起きたからだ。
逆にシャスターの表情は最初から何も変わっていない。
「勇者級の魔物に燃える花びらだけでは、倒すのに少し時間が掛かるかな」
シャスターはゆっくりと地上に降り立つと、両手を真上に上げた。
「地獄の業火」
今度はシャスターの遥か上空に光り輝く巨大な魔法陣が出現した。
空を覆い尽くすほどの大きさの魔法陣は、幾重もの複雑な紋様を回転させながら、急速に亡魔の騎士のもとへと落下し始めた。
すると、燃えている花びらに閉じ込められたままの亡魔の騎士たちは、花びらもろともそのまま灰になって消え去ってしまった。
すでに、シャスターの前には亡魔の騎士はいない。
知死者はしばらくの間、呆気に取られていたが、それでも何とか平静さを取り戻した。
「五輪の燃える花びらに地獄の業火とは、かなり驚かされてしまった。しかし、これほど立て続けに勇者級の魔法を使えば、汝の魔力は残り少ないはずだ」
そもそも知死者は、シャスターを亡魔の騎士だけで倒せるとは思っていなかった。
亡魔の騎士は強いが、それでも十輝将には敵わない。そして、目の前の魔法使いは十輝将以上の実力者なのだ。たかが五体の亡魔の騎士では敵うはずがない。
だからこそ、当初シャスターが亡魔の騎士に押されていた時、死知者は見込み違いだったことを残念そうに呟いていたのだ。
それでは知死者が、なぜ亡魔の騎士を呼び出したかといえば、シャスターに魔力を使わせる為だ。魔法使いは魔力が無くなれば、役に立たない。
そして、シャスターは勇者級の魔法を何度も放った。その数については知死者も驚きを禁じ得なかったが、要は魔力が無くなればいいのだ。
そして、目の前の少年の魔力はもう僅かなはずだ。
「まんまと我の罠にハマったな」
知死者は勝利への笑みを浮かべた。




