第百九話 知死者モルス
東大門から約三百メートル先の地点で両者は対峙した。
「へぇー、アンタが謎のアンデッドか」
初めて見る魔物に興味津々のシャスターだ。
「喋ってみてよ。知性も高いから話せるでしょ?」
魔物とはいえ初対面で不躾な質問を投げかけたシャスターだったが、アンデッドはそんなくだらない質問を遮った。
「汝は誰だ?」
アンデッドがこもった声で訊ねる。
アンデッドも目の前の少年を見つめていた。
見たところ、ただの旅人風情だが、そんなはずはない。ただの旅人がこのような場所に現れるはずがないからだ。
しかも、少年は自分の姿を見て驚くどころか、興味を持って話しかけてきている。
大胆不敵な少年が只者のはずがない。しかし、エースライン帝国が誇る十輝将にも見えない。
「シャスター、魔法使いさ」
少年が名乗ったので、アンデッドも自らを名乗る。
「我は知死者と呼ばれる者。名は……忘れた」
「やはり、知死者か!」
シャスターはまじまじと見た。
その姿は骨と皮だけのミイラのようだ。
知死者はボロボロになった黒いローブを見に纏っていて、薄汚い魔法使いのように見えるが、指にはいくつもの綺麗な指輪をはめているし、右手には装飾が付いた杖も持っている。
|知死者モルス》は高い知性はあるものの、魔法研究に没頭している為、身なりを気にしない者が多い。しかしながら、マジックアイテムを収集することに関しては貪欲だ。はめている指輪はおそらく貴重なマジックアイテムなのだろう。
高位の魔法使いが強い執念でアンデッド化した知死者は、生前の自我や記憶がある程度は残っており、何百年、何千年もの長い時間研鑽を重ねて、さらに巨大な力を持った魔法使いとなる。
「何をジロジロと見ている?」
「いやー、知死者を初めて見るからさ。それに、知死者がエースヒルのような超巨大都市に現れるなんて普通有り得ないし。何故かなと思って?」
知死者は魔法の探求者だ。
魔法研究に没頭しているということは、世の中に興味がない。だから、滅多に人里に現れることもない。
稀に現れることもあるが、その時は現れた場所は滅びる。なぜなら、知死者が現れるということは、その場所で魔法実験をするということだからだ。
町や村あるいは小国の犠牲など知死者は厭わないのだ。
ある意味、危険極まりなくタチの悪い凶悪なアンデッドだ。
しかし、だからこそ、エースライン帝国の帝都エースヒルに現れるのはおかしい。
知性のない魔物が何も考えずに帝都を襲うのとは訳が違う。高い知性がある知死者は、帝都エースヒルの防御力の凄さを知っている。
いくら知死者が強い魔物であっても、帝都を襲って無事であるはずがないことも分かっているはずだ。
それなのに何故襲おうとするのか、シャスターは不思議に思ったのだが。
「汝に理由など話す必要はない。ここで死ぬのだからな」
知死者の両目が赤く輝く。
「火炎の円盤」
突然、知死者からカッター状の薄い炎のリングがシャスターに向かって放たれた。先ほど三個小隊を一撃で全滅させた魔法だ。
炎のリングは知死者から離れるほどに巨大化し、シャスターに襲い掛かるが、シャスターは高く跳躍して空中に逃れた。彼の体術であれば、避けることなど問題なかった。
しかし、それは知死者の想定内であった。
空中に逃げたシャスターに火炎球が襲い掛かる。しかも、一つや二つではない。何十もの火炎球だ。
これにはシャスターも驚いた。空中なので身動きがとれない。
「火炎の壁」
シャスターの唱えた炎の壁が、炎の球を全て防いだ。
そのままシャスターは地上に降りた。
「我と同じ、火炎系魔法使いか。面白い」
「そりゃ、どうも」
この程度で勝敗がつくなどとは最初から思ってもいない。
二人は互いに距離をとった。
「帝都を襲うことを諦めないのなら仕方がないな。別にアンタに恨みはないけど、ここで消えてもらうよ」
まるで悪役のような台詞をシャスターが吐いた。
「我を消すだと? 少年よ、面白いことを言う」
「冗談じゃないけど」
「まぁ、そうだろうな」
いきなり肯定されて、シャスターは肩透かしを食らう。
「本来なら、この場に来るのは十輝将のはずだ。たとえ我が呼び出した三体の亡魔の騎士の討伐に十輝将が向かったとしても、他にも十輝将がいるはずだ。それなのに、なぜ汝がここに来たのか?」
「……」
「答えは、汝が十輝将以上の力を持っているからだ」
知死者は遥かに高くそびえる東大門の上を見上げた。そこには小さな人影が立っていた。
エーレヴィンだ。
しかし、見上げたのは一瞬のことで、知死者はすぐシャスターに視線を戻した。
「我が、どれほどの魔力を持っているのか、その実力を測る為には魔法使いの方が分かりやすい。つまり、汝をここに遣わした者は、我の魔法使いとしての実力を知りたいのだろう」
(ほぉー)
知死者の推測を聞いて、シャスターもエーレヴィンも互いに心の中で感服した。
明らかに今まで二人が見てきた魔物とは違う。状況判断が的確であり、知性が極めて高い。
これが知死者なのか。
しかし、だからこそ先ほどからの大きな疑問が残る。
それほど状況判断ができる者が、本当に帝都エースヒルを滅ぼせると思っているのか。
「そこまで分かっているんだったらさ。帝都に攻め込むなんて馬鹿な真似は……」
「無理だな」
シャスターの提案を遮って、知死者は拒絶した。
「お喋りはここまでだ。少年よ、掛かってくるがよい」
知死者が笑い声を上げた。




