第百八話 後継者の魔力
東大門付近に知死者が現れたことは、すぐにリーブ副将から東大門を守護する第五大隊に連絡が届き、同時にエーレヴィン皇子からの命令も伝えられた。
「第五大隊は門の中へ退去せよ」と。
本来なら、いかに強敵な魔物が現れたとしても、東大門を死守するのが第五大隊の役目であるが、今回はエーレヴィン皇子直々の命令だ。
しかも、事前にリクスト将軍から「エーレヴィン皇子に従うように」との命令が出ていた。
さらにエーレヴィン皇子であれば、最良の策を考えての退去であることは間違いない。
第五大隊は東大門一帯の防壁を第一級の戦闘用防御魔法に切り替えると、兵士たち全員門の中へと退去した。
それと入れ替わるかのように、東大門に二人の姿が現れた。
シャスターとエーレヴィンだ。
二人が外に出るため、大門が再び開かれる。
「本当によろしいのでしょうか?」
第五大隊の大隊長がエーレヴィンにおそるおそる確認をしてきた。エーレヴィンが間近で戦いを見たいと言っているからだ。
知死者との戦いに赴く「五芒星の後継者」が外に出るのは当然だとしても、エーレヴィン皇子には危険が伴う東大門の外ではなく、帝都防衛指令室で画面越しに戦いを見てもらいたいのだが。
「私のことは気にしなくともよい。大隊長には迷惑はかけない」
「それでは、私だけでもお傍でお守り致します」
大隊長は願い出たが、それさえもエーレヴィンは断った。
「大丈夫だ。大隊長は東大門警備室の魔法画面で戦況確認をして欲しい」
「……分かりました。お気をつけてください」
ここまで言われたら下がるしかない。大隊長は門の中へと消えていった。
東大門の外にはシャスターとエーレヴィンの二人だけとなった。
「それじゃ、行くけど」
シャスターはのんびりと大陸街道を歩き始めたが、エーレヴィンは歩き出そうとしない。シャスターの背中を見つめるだけだ。
「よくよく考えれば、私が近くにいたら、お前に迷惑が掛かるな」
「よくよく考えるまでもなく、邪魔だね」
振り向いたシャスターにあからさまに嫌な顔をされて、エーレヴィンは苦笑した。
確かに、自分のせいでシャスターが思いっきり魔法を使えない状況にでもなれば、後々面倒なことになりかねない。
「それでは、私は東大門の上から観覧することにしよう」
エーレヴィンは大門を見上げた。
優に五十メートルはある防壁の上なら見晴らしも良い。それに、第一級戦闘用防衛魔法が張られているので、被害を受けることもないはずだ。
「それならいいな?」
「はいはい。どうぞ、ご自由に」
シャスターは振り向くこともなく再び歩き始めた。
「それと、転送後の魔力も問題はないのだろう?」
転送魔法を二人分使ったシャスターの魔力は、転送魔法装置にかなり吸い取られたはずなのだが。
「あの程度なら問題ないよ」
超上級魔法使いの魔力が枯渇するほどの魔力を二人分も使用したにも関わらず、「あの程度」と言い切ってしまうシャスターだったが、エーレヴィンは驚く様子もない。「五芒星の後継者」なら当然のことだからだ。
「それでは、頑張ってくれ」
エーレヴィンは門の中へと戻って行った。
シャスターは前方に視線を集中した。
すると、視界の先に一つの小さな影が見えてきた。
しばらく歩き続けたシャスターは立ち止まった。
互いの姿が認識できる距離まで近づいたからだった。




