第百三話 前哨戦の前 3
エーレヴィンとシャスターが報酬についてのやり取りを終えた後、リクスト将軍がゴホンと咳払いをした。
「帝都防御責任者として意見具申させて頂きますが、この件に関してはエーレヴィン皇子殿下の策より、もっと簡単で確実な方法があると思うのですが」
リクスト将軍がエーレヴィンとは別の意見を述べる。
皇子に意見するのだ。普通なら怖気づいてしまうのだが、リクスト将軍は十五歳と言えども十輝将の一人だ。
いや、十五歳で将軍職を任されているほどの器だからだろう。エーレヴィンを見つめるその目は全く物怖じしていない。
リクスト将軍が示した策は至極単純なものだった。八つの大門全てに実力者を配置するというものだ。
「幸いなことに、現在帝都には私とアルレート将軍以外にも、エルシーネ皇女殿下、ザン将軍、ヒューズ将軍、エルーミ将軍が来ております。さらに各軍の副将クラスや独立戦力にも応援要請すれば、八つの大門全てに実力者を配置することが可能です」
「確かに、その通りだ」
「それに、敵の正体が分からない状況の中、シャスター様おひとりだけでは危険が大き過ぎます」
帝都を陥落させようとしているほどの強い魔物だ。しかも、転移魔法装置を使えば、シャスターの魔力はかなり削がれてしまう。
その状況で魔物と対峙するのは、あまりにも危険だ。
「八つの大門に実力者をそれぞれ配備した後、敵が現れた門を守っている者は防御に徹します。その間に他の門の者たちが駆けつけて皆で戦う。これが最も良い作戦だと思います」
リクスト将軍はエーレヴィンに説明しながらも、自分の策が採用されないことは分かっていた。この程度の策をエーレヴィンが思い付いていない筈がないからだ。
しかし、リクスト将軍は敢えて説明をしたのだ。その上で不採択の理由を聞きたかった。
だからこそ、エーレヴィンも真面目に答える。
「さすがは冷静沈着なリクスト将軍だ。リクスト将軍に帝都防御を任せたのは正解だったようだ。私が帝都にいない間、万が一帝都が攻撃を受けたとしても、私は安心していられる」
最大限の褒め言葉であった。リクスト将軍は頭を下げる。
「しかし、だ。今回の件に限っては、他の十輝将や将軍クラスの者たちを向かわせるつもりはない」
「なぜ、ですか?」
「我が妹、エルシーネが酔っ払って楽しんでいるからだ」
「なっ!?」
生真面目な少年は、本気とも冗談とも取れるエーレヴィンの表情を見ながら驚いた。
「先ほど最後に見た時は、カリン嬢と二人で酔いながらも飲み続けていたな。皇族としての品性に欠けるので、後でみっちりと説教をしなくてはならないが……いや、すまない。話が逸れてしまったな」
「つまり、酔っていらっしゃる皇女殿下では、戦力にならないと?」
「そうではない。いくら酔っていようとも、アレも一応十輝将の一人だ。問題なく戦えるだろう。無論、他の十輝将たちも同じだ」
「それでは、なぜ……」
「無粋だからだ」
エーレヴィンは堂々と言い放った。
「今夜はせっかくのパーティーだ。多くの者たちが楽しんでいる。それなのに、今から戦闘に駆り出されるとなれば、パーティーは中止となる」
「大勢の人々に無用な不安や混乱を招きたくはない、ということですか?」
「そうだな。まぁ、そこまで堅苦しくはないが。興が醒めてしまってはつまらない」
エーレヴィンは苦笑した。
その脇で、「戦闘に駆り出される俺は、興が醒めても良いのですか?」と言いたそうな表情をしているアルレート将軍だが、リクスト将軍は完全に無視した。
そもそもアルレート将軍は勝手に試合をした罰なのだ。
そして、リクスト将軍は帝都防御責任者だ。最初からパーティーに参加するつもりはない。
シャスターはアルレート将軍から金貨千枚とこれから始まる戦闘の対価としてエーレヴィンから金貨四千枚、合計で五千枚もの金貨を一夜にして手に入れる。
三人ともパーティーを楽しむことなく戦闘をするのには充分な理由がある。
「パーティー終盤の余興としても良いとも思ったのだが、ご婦人方も多いのでな。血生臭いことは我々だけにしておこう」
「御意」
納得したリクスト将軍は深く頭を下げた。
「それでは、我々は黒い魔物に向かいます」
「シャスター様、お気をつけて」
リクスト将軍とアルレート将軍は、エーレヴィンとシャスターに頭を下げると黒い魔物のもとへと向かった。
星華もいつの間にかシャスターの影から気配を消していた。
そして三人はそれぞれ黒い魔物……亡魔の騎士を倒し、今に至る。




