第百二話 前哨戦の前 2
「それで、その魔物はどこに現れるの?」
シャスターは自ら質問したにも関わらず、自分でも考える。
「陽動の黒い魔物が帝都外ということは帝都内かな」
「帝都内に現れることはないさ」
「ん?」
「帝都には特殊な防御魔法が覆っているからな」
「ああ、そうか」
エーレヴィンの答えにシャスターはすぐに納得した。
帝都エースヒルには帝都全体を覆う巨大な防御魔法が張られている。この防御魔法は透明で見ることはできない。さらに防御といっても壁があるわけではなく、普通に通り抜けできる。
では、何のための防御魔法なのか。
「邪悪な魔物は入れない、ということです」
帝都防衛責任者のリクスト将軍が再確認の意味で口を開いた。
帝都エースヒルに入る時、人々は何の違和感もなく通り抜けることができる。そのため、防御魔法が張られていることを知る者は少ない。
しかし、この防御魔法は特殊な作用があり、邪悪な意志を持った魔物だけは通ることができないのだ。
「つまり、魔物が帝都に来ようとするならば、必ず魔法防御に捕捉されると?」
「もちろん、魔法防御は万全ではないし強力でもない。強い魔物であれば、すぐに破壊されてしまうだろう。しかし、場所さえ分かれば……」
「その大門に向かえばいいわけだ」
「それでも帝都の大門は八ヶ所ありますよ。すぐに向かうとしてもかなり時間が掛かるのでは?」
アルレート将軍が疑問を呈す。
帝都は奇麗な円形状をしている。つまり、彼らが今いる場所、帝都中央の皇区からどこの大門へ移動しても、ほぼ同じ時間が掛かるということだ。
どこの大門に現れるか分からないからこそ、ここで待機しているのが一番良いことだとは分かる。
しかし、帝都は巨大だ。魔物が現れたのを知ってから、その大門に移動しても一時間は掛かるだろう。
「アルレート将軍の言う通り、移動時間が問題だ。そこで転移魔法装置を使う」
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはリクスト将軍だった。彼は帝都防御の責任者だ。転移魔法装置のことは当然知っている。
知っているからこそ、驚いたのだ。
「あれは、かなりの魔力を消耗してしまうのでは?」
転移魔法とは文字通り、今いる場所から別の違う場所へ一瞬で移動することができる魔法だ。しかし、転移魔法は好きな所へ移動できる魔法ではない。予め決められた場所のみに移動することができるのだ。
そして、この魔法は個人が習得するものでなく、魔法陣として設置するものだった。小国を興せるほどの莫大な資金と、多くの魔法使いや魔法工具造りに熟練したドワーフたち、そしてそんな彼らが気が遠くなるような月日を使って造り上げたのが、帝都の転移魔法装置なのだ。
シャスターたちが帝都に凱旋した時、皇区の門を通ると一瞬で謁見の間に転移したが、あれは百メートル程度を移動させる簡易型転移のマジックアイテムであり、魔力の消耗は必要ない。
しかし、今回のような数キロメートルを転移させるためには、大規模な転移魔法装置が必要なのだ。
「転移魔法装置か。そんなのがあるなんて、知らなかった」
「当然さ。知っている者は十輝将や大臣たち、ごく一部だ。それにここ何十年も使われたこともなかったしな」
エーレヴィンは苦笑した。
そんな緊急事態が起きることなどなかったからだ。しかも、リクスト将軍の説明の通り、莫大な魔力を消耗してしまうデメリットがある。具体的に言えば、レベル三十台の超上級魔法使いが使用した場合、魔力がほぼ枯渇する。
それほどの魔力を必要とするため、超上級のさらに上位の魔法使いしか転移魔法装置の使用が出来ず、使えたとしても転移先では魔力が消耗していては戦力として使い物にならない。
「リクスト将軍の預かる帝都防衛司令室から、八つの大門それぞれに転移することができる。これで魔物の対応がすぐにできるだろう」
「でも、リクスト将軍の話だと、莫大な魔力を消耗するんだろ?」
「ん? 何だ、怖気付いたか?」
エーレヴィンはシャスターを試すかのように笑った。無論、シャスターは文句たらたらだ。
「魔力を消耗するなんて聞いていないし。その後に戦うとなると、割が合わないな」
「追加で、さらに金貨二千枚を出そう」
「了解!」
速攻で決めたシャスターに、アルレート将軍とリクスト将軍は表情を変えることなく、内心で大きくため息をついた。




