第九十五話 黒い魔物
アルレート将軍は黒い魔物の前に立った。
遠くから見て全体が黒く見えていたのは、当然と言えば当然だった。
なぜなら、実際に目の前の魔物は真っ黒な魔物だったからだ。
全身黒い鎧を着ている。腕も脚も頭も全て黒い鎧で覆い尽くされている、まるで重装騎士のようだ。
ただし、人間ではないことは一目瞭然だった。
通常、鎧に覆われていても関節部分など多少は肌が見える。しかし、鎧の隙間から見えるのは肌ではない。黒く渦巻く瘴気のようなものが見え、しかも漏れている。
そして、兜をつけた顔も人間のそれではない。黒い靄が渦巻いていて、二つの赤い目だけが不気味に光っている。
見るからに禍々しい魔物だった。
「まぁ、最初から魔物だとは分かりきっていたが」
自分の身長の倍以上はある黒い騎士を見上げた。
「この魔物は、おそらく『亡魔の騎士』か」
「ソウダ」
「!?」
アルレート将軍は驚きながら数歩後ろへ跳んだ。まさか魔物が会話をするとは思わなかったのだ。
魔物は真っ赤な口を開けたまま、ニヤけている。その口からも黒い瘴気が漏れていた。
「驚いて悪かったな。まさか話せるとは思わなかったのでな」
そういえば、リクスト将軍が高い知能を持っている可能性があると言っていたことを思い出す。
「我ガ 話セルコトヲ 知ラヌトハ 無知ダ」
黒騎士の魔物に嘲笑われてしまい、アルレート将軍は思わず苦笑する。
「そういうなよ。なにせ、亡魔の騎士を見るのなんて初めてなんだからよ。知識として知っていただけでも、褒めてもらわないと」
アルレート将軍は軽口をたたくが、その間に頭脳を忙しく動かしていていた。
亡魔の騎士……元々悪人だった者たちが死んだ後、邪悪な精神が長い年月をかけて集まり、力を持つようなった魔物だ。
非常に珍しい魔物であり、エースライン帝国に現れた記録もここ百年近くなかったはずだ。だからこそ、アルレート将軍も知識としてのみでしか知らなかったのだ。
亡魔の騎士は精神体の為、肉体はない。そこで鎧をまとい、黒い霧のような精神体の身体を守っているのだ。
しかし、身体が霧だからといって弱いわけではない。実際、目の前では一個小隊がたった一体の魔物に全滅している。
そして、おそらくはゴブリン・ロードよりも強い。
「見ルノガ、初メテダカラ 驚イタ……。貴様ニトッテ、ゴブリン・ロード モ 初メテダッタノデハ ナイノカ?」
痛いところを突かれた。アルレート将軍は何も言い返せない。
いや、それよりもだ。
「なぜ、ゴブリン・ロードのことを知っている?」
と聞こうとしたが、アルレート将軍は口には出さなかった。
完全に相手のペースになってしまうからだ。
亡魔の騎士は、アルレート将軍が驚くような事実を話すことによって、こちらの精神を掻き乱そうとしている。
さすがは邪悪な精神体の集合体だ。なかなか侮れない。
しかし、そこは戦術の天才アルレートだ。
亡魔の騎士にも負けていない。挑発に対して挑発で言い返す。
「ふん、お前がゴブリン・ロードたちと繋がっていることなど、最初から分かっていたさ」
「何 ダト?」
「当たり前だろ。そもそも俺たちがゴブリン・ロードを倒して帝都に凱旋した夜に異変が起きる。そんな都合の良い展開が起こるわけがない。少し考えれば、この二つが繋がっていると考えるのが当然だろ?」
「……」
「ゴブリン・ロードたちは囮で、お前たちが本命ということだ」
図星だったのか、突然亡魔の騎士が襲ってきた。
身体の大きさに見合った大剣をアルレート将軍に向けて振り落とす。アルレート将軍は間一髪で避けるが、大剣が落とされた地面は粉々に破壊された。凄まじい破壊力だ。
「話の最中にいきなり襲ってくるとは、騎士のくせに騎士道精神がないのか……まぁ、騎士といっても魔物だから仕方ないな」
ひとりで自問自答したアルレート将軍は薄く微笑みながら剣を構える。
「さっさと片付けさせてもらおうか」
そのまま自分の背丈の倍以上ある亡魔の騎士に、アルレート将軍は飛び込んだ。
皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!
今回、黒い魔物の正体が判明しました。
亡魔の騎士と名付けた魔物はオリジナルです。
実体がない悪魔の騎士という感じで、このような名前を付けてみました。
これからもオリジナルの魔物を出していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
それでは、皆さま、引き続き「五芒星の後継者」をよろしくお願いします!




