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第九十四話 誇り

「おっ! あれか」


 馬を全速力で駆けてきたアルレート将軍は、遠くに見えるその光景を見て一旦馬を止めた。

 エーレヴィン皇子からは間接的に、そしてリクスト将軍からは直接的に要請された形で、アルレート将軍は三体現れた黒い魔物の一体に向かっていたのだ。




「ほんとに酷い状況だな」


 かなり狭い範囲で激しい地震が起きたことは聞いていたが、実際その目で見ると、遠目からもその悲惨さがよく分かる。

 隆起し地割れした大地が月に照らされて、異様な光景を映し出していた。


 しかし、本当に悲惨な光景に気付いたのは、地震が起きた場所に近づいた時だった。



「なっ!」


 地震が起きた大地に多くの兵士たちが倒れていたからだ。

 地震の被害で倒れている訳ではないのは明白だった。なぜなら、全ての兵士たちの身体が無惨に斬り裂けられていたからだ。


「小隊だな」


 近くを巡回中の小隊に状況を確認するよう、リクスト将軍が指令を出していたことは聞いていた。

 その小隊の隊員たちだろう。

 五十体ほどの無様に殺された死体があちらこちらに転がっていた。

 そして、その真ん中には……。



「……あれが黒い魔物か?」


 アルレート将軍の視線の先に黒い人型の魔物が立っていた。

 遠くからではまだよく見えないが、片手に剣、もう片方に盾を持っているようだ。そして、両目だけが赤く光っている。


「片手剣に盾、俺と同じ戦闘スタイルか」


 アルレート将軍は馬から降りた。

 地震で足場が悪いはずだが、アルレート将軍はものともせずに地震の中心地に向かって颯爽と歩き出す。



「まったく……リクストに手を出すなと言われていたのを守れなかったのか?」


 アルレート将軍は地面に倒れている兵士たちに向けてぼやいた。

 しかし、すぐにあることに気付いた。

 魔物の背後の先に、馬車が倒れていたからだ。馬車の周りには死体がない。おそらく乗っていた者たちは逃げ出すことができたのだろう。

 そして、馬車と魔物のちょうど中間地点に一人の兵士が倒れている。兵装からして小隊長だ。



「なるほど……そういうことか」


 アルレート将軍は全てを理解した。


 彼ら小隊の隊員たちが馬車の人々を助けるために、この到底太刀打ちできない魔物に立ち向かったことを。

 小隊長が馬車の人々を助け出している間に、隊員たちが魔物に囮として立ち向かったのだろう。

 そして、人々を逃がした後、隊員たちを助けようと小隊長も魔物に戦いを挑んだ。



「馬鹿な奴らだ……」


 アルレート将軍は大きなため息をついた。


「しかし、お前たちのお陰でエースライン帝国軍の誇りは守られた」


 アルレート将軍は倒れている小隊長の元まで来ると片膝をついた。


 胴体を真っ二つに分断されているが、小隊長の表情は心なしか満足しているように見えた。

 アルレート将軍が小隊長の顔を手のひらでかざすと、その目は静かに閉じられた。



「お前たちはよくやった。帝国軍を預かる身として、お前たち全員に敬意を表する」


 アルレート将軍は小隊長に敬礼をすると暫し黙祷を捧げた。



「あとは俺に任せろ」



 小隊長から視線を移したアルレート将軍は、黒い魔物を見つめた。



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