第九十三話 第九十一小隊 3
ベラス小隊長はひとりだけで馬車に向かって走っていた。
遡ること、数分前のことだ。
ベラス小隊長は自分の提示した作戦案を第九十一小隊の全員から反対されていた。
「却下です。ベラス小隊長」
「お前たち……小隊長の俺の作戦に従わない気か?」
「ああ、従えませんね。なぁ、みんな?」
マーラスの声に皆が「おー!」と賛同する。
ベラス小隊長の作戦、それはベラス小隊長が囮となって魔物の前に現れて、その後馬車と反対方向に逃げ出す。その間に隊員たちが馬車の人々を助け出すというものだった。
この作戦なら、囮になる自分だけの犠牲で済むと考えていたベラス小隊長であったが、ここにいる誰もがベラス小隊長の考えはお見通しだ。
「ベラス小隊長の作戦には欠点があります」
副隊長のハルトラまでが反対してきた。
彼はさらに代わりの作戦案を提示する。
「囮になっている間に馬車の人々を助ける……ベラス小隊長の作戦自体は良いと思います。そこで、囮になる者と助ける者を入れ替えます」
「どういうことだ?」
「ベラス小隊長が馬車の人々を助けに向かい、残った我々全員が囮として魔物に向かいます」
「馬鹿な!?」
ハルトラ副隊長の作戦にベラス小隊長は思わず叫んだ。それでは、自分だけが助かる可能性が高くなるからだ。
「俺が決めたことだ。俺が一番安全などとは有り得ん!」
「それこそ有り得ませんよ! ベラス隊長、あなたには第九十一小隊の責任者として、この状況を本部に伝える義務があります」
いつもは控えめでおとなしいハルトラ副隊長が強く反論をしてきた。
さらに、ハルトラ副隊長の後ろには隊員たちが副隊長と同じ目でベラス小隊長を見つめている。皆が同じ意見なのだ。
「お前たち……」
ベラス小隊長はそれ以上、何も言えなかった。
「安心してください。我々だってそう簡単には死にません。この作戦なら、大勢の者たちが囮になることによって、多くの者が助かる可能性が高いのです」
ハルトラ副隊長の言いたいことはよく分かる。
自分が立案した作戦だと、囮の自分が魔物に倒された場合、魔物が再び馬車に向かっていく可能性が高い。
それが、ハルトラ副隊長が指摘していた作戦の「欠点」であった。
しかし、大勢の隊員たちを囮にすることによって、一人が倒されても他にも囮がいるため、時間稼ぎができるのだ。その間にベラス隊長は馬車の人々を助け出し、それを確認した隊員たちは四方八方に逃げ出す。
そうすることによって、魔物の犠牲者は最小限で済むのだ。
しかし、それでも多くの隊員たちが殺されることには変わりがない。
そして、一番生き残る可能性が高いのが、馬車の人々を助けるベラス小隊長自身なのだ
「俺も魔物の囮になる。誰か他の者が馬車の人々を助ける役目をすればいい」
囮として逃げる隊員たちの殿を果たすのが、自分の責務だとベラス小隊長は思っていた。
しかし、その責務に対しても猛烈に反対する隊員がいた。
「なに言っているんですか! ベラス小隊長には生まれたばかりの赤ちゃんがいるじゃないですか。その赤ちゃんを隊長が抱っこできなかったら、隊長の奥様に恨まれるのは俺たちなんですよ!」
新兵のフリダンが初めてベラス小隊長に真っ向から反論すると、マーラスがフリダンの肩を思いっきり叩いた。
「おっ! いいこと言うじゃねえか、フリダン! そうだな、ベラス小隊長には家族に会うっていう任務の方が重大だ」
「痛たたた……マーラスさん、今度は肩が痛いっすよ」
またもや笑い声が起こる。
第九十一小隊は本当に良い部隊だ。
ベラス小隊長は心からそう思っていた。
「……みんな、ありがとう」
「なに言っているんですか! 第九十一小隊はベラス小隊長だからこそ、みんな頑張れたのです。感謝するのは俺たちの方ですよ」
「この作戦が終わったら、ベラス小隊長の赤ちゃん、見せてくださいね!」
「ああ、もちろんだ!」
ベラス小隊長は一人ひとりの顔をしっかりと見つめた。
みんな、とてもいい顔をしている。
彼らのことを決して忘れることはない。
「……それでは、時間もないのですぐに作戦に移る。囮として魔物に気付かれた後は、各自が互いに距離をとりながら逃げてくれ。そして、俺が馬車の人々を助け出した後は全力で逃げ出すこと。いいな!」
「はい!」
「それでは今から作戦実行に移る。みんなの無事を祈る!」
「ベラス小隊長もご無事で!」
こうして第九十一小隊は未知なる黒い魔物に向かって走り始めた。




